【第六部】第百十三章 そして
――森――
「はじめまして。私は、そうね……人間は私のことをなんて呼んでいたかしら?」
「“女型の鬼”です、鈴鹿様」
「そうそうそれそれ! ――って、茶々。あなた、名前呼んじゃってるわ、台無しね……」
「そ、それを言うなら鈴鹿様だって私の名前を呼んでます!!」
緊張感に欠ける会話が神楽達の目の前で繰り広げられる。
――女型の鬼。鈴鹿御前。椿達から、そして捕虜から聞いた名だ。
「主様……許しておくんなんし。気付けなかったでありんす……」
「いや、気にするな稲姫」
しょんぼりした稲姫が神楽の近くに腰をおろす。青姫は警戒して立ったままだ。黒夜は八咫がすかさず自分の側においた。
(鈴鹿御前……。確か、南の日城を支配している強大な鬼じゃなかったか……? それが、なんでこんなところに?)
神楽の本能がコイツは危険だと警鐘を鳴らしている。
見た目は妙齢の人間の女。そして、その身を艶やかな着物で包み、額の左右には二本の角が生えている。
鈴鹿御前は何をしている訳でもない。それなのに、神楽は背中を冷や汗で濡らす。えもしれぬ悪寒を感じているのだ。
だが、黙ってばかりもいられない。気を取り直して口を開こうとした神楽に先んじて、鈴鹿御前が話しかけてきた。
「いやぁ~ねぇ♪ 別に取って食ったりはしないわよ。面白そうな話をしてるから、私も仲間に入れてもらえないかと思って来ただけよ」
手に持つ扇で口元を隠して楽しそうに笑う鈴鹿御前。警戒する神楽達を気にもとめていないようだ。
「お前の判断に任せる――が、危険だと判断したら俺達は即座にこの場を去る」
八咫が神楽に小声でそう伝えてくる。共に人質を救出しようと話がまとまった直後の薄情な申し出であるには違いないが、八咫達は人質救助に今すぐにでも飛んで行きたいところなのだ。こんな得体の知れないヤバそうな奴とからむ余裕なんてないのだ。これでも譲歩しているに違いない。
神楽は鈴鹿御前に向き直る。
「まぁ、そうだな……。とにかく話そう。――話に加わるって、あんた、何が目的だ?」
皆が怪訝な視線を向けてくるのも意に介さず、鈴鹿御前は余裕の態度でこう返してきた。
「後城に巣くう馬頭残党の駆除に私も協力してあげる。もちろん、ちょっとした見返りはもらうけどね」
【第六部・完】
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