【第六部】第百三章 空香溪谷の戦い⑦
――森――
「終わった……のか?」
「………………」
黒いもや――八咫の<禍津風>により馬頭達は倒れた。黒磨と八咫を先頭に烏天狗達が隠れていた樹上から降りてくる。
黒悠が一直線に倒れた馬頭の元へ向かい検分を始めた。心音や瞳孔の開きを確認し、皆の方を振り向き言う。
「ああ、間違いない――死んでる!!」
烏天狗達から歓声が沸き起こる。さしもの八咫も笑顔だった。
里の女達を人質に取られ無理矢理従わされていた烏天狗達にとって、馬頭はなんとしても排除する必要のある仇敵だった。
それを計画通り排除できたのだ。後城に戻り女達を探して解放するのは残っているが、一番の障害は取り除かれた。
「みんな、すぐにここを離れるぞ。人間共が――」
「もう来てるんだなぁ、これが」
八咫の言葉に割り込むよう、声がかかる。八咫を除く烏天狗達皆が一斉に錫杖を声のした方に構えた。
森の奥からあの時戦った白翼を背に持つ妖獣――実際は妖獣でなく神楽だが――が現れた。
八咫が神楽にしかけようとしている皆を制止する。目的は既に達成したのだ。もう人間と争う必要はない。
八咫は黙って空に飛び立つ。他の烏天狗達も後に続こうとしたが――その瞬間、周囲を蒼炎の壁が取り囲んだ。
八咫から思わず舌打ちがもれる。見上げると、あの時の青翼の女がいた。あの時と同じ様に妖狐を抱き抱えながら。
氷をあやつる人間の銀髪女の姿は見当たらない。どこかに潜み、自分達が炎の壁から出てくるのを狙い撃ちするつもりなのかもしれない。
警戒はいくらしても足りないだろう。
「まぁ、待てって。なんで馬頭を殺したのか訳を聞きたいだけだ。場合によっては俺達は戦わずに済む」
神楽が歩み寄り、八咫達にそう告げる。
――全て見られていた。
つまりはそういうことだ。
「あの黒いもやは俺達との戦いの時には使わなかったな。単なる風じゃないな。毒を混ぜてるのか? なんにせよ、使われてたらマズかった」
警戒する烏天狗達の側まで神楽は無防備に歩み寄ると、ドカッと地面に腰をおろす。そして、八咫の方を見て座るように目でうながした。
八咫は一度目を閉じため息をつくと、皆に武器をおさめさせ、不安そうに見上げる黒夜の手を引きながら静かにその場に座った。そして、黒磨や黒悠達も黙ってそれに習う。
(この男が一番不気味だ……)
八咫の直感がそう告げていた。
龍よりも、妖狐よりも、強力な炎を操る鳥族よりもはるかに危険だと。あの時もこの男だけは手を抜いていたように思える。常にこちらを観察し続けているような気持ち悪さがあった。
その不気味男――神楽が八咫達に告げる。
「安心しろ。お前達が馬頭に従わされていただけでこれ以降人間に手出しをしないなら解放する。だから、正直に話してくれ」




