【第六部】第九十七章 空香溪谷の戦い①
――滝壺――
滝壺の水面から突如巨大な龍が現れたことで、馬頭軍は大混乱に陥った。長蛇の列で進軍していたが、三々五々にその場から離れようとする者達が入り乱れた。
「お、お前ら逃げるな! 戻らないと――」
馬頭が脅しで指揮を取ろうとするも、龍の大咆哮によってかきけされた。馬頭ですら肝を冷やす迫力だ。目の前には腰を抜かし立ち上がれぬもの達もいる。
(ま、前に通った時にはこんな奴いなかっ――)
考える間など馬頭達には与えられない。
いつの間にか辺りが暗くなってきた。上を見ると、一面積乱雲が立ち込めている。ポツポツと雨が降り、やがて土砂降りとなる。
「て、撤退だ! 撤退ぃっ!!」
馬頭が叫ぶ必要もなく、皆、滝壺から離れようと必死になっている。だが――
「つ、津波!?」
「なんでこんなところで!?」
滝壺の方から、視界全てを覆う高さの津波が襲い来る。その波に飲み込まれ、部下がこちらに押し流されてきた。
(こ、これはなんの悪夢だぁ!?!?)
馬頭も波に飲み込まれ、元来た道を押し流されていった。
◆
――崖上――
「こちらも直ちに攻撃開始だ!! 敵を崖上から攻撃しろ!! 退路を塞げ!!」
法明が崖上に待機していた部隊に指示を出す。総攻撃が始まった。
式神や護符による遠隔攻撃が下の谷間に乱れ飛ぶ。侍達は岩を落として敵を押しつぶしにかかっていた。
「法明様!! 嵐が予想以上に強くないですか!?」
「仕方無かろう!? 天候操作の予行演習など、敵にバラすも同義だ!! ぶっつけ本番にもなる!!」
部下の叫びに叫び返す。風が強く、狩衣がはためいている。
(それよりも神楽だ!! 水流を操作して攻撃するとは聞いていたが、まさか津波を起こすとは!? 確かに敵の足をすくえてはいるが、馬頭の居場所がわからんではないか!?)
普段冷静な法明ですらこれは想定外だった。敵をまとめて押し流す程の大規模攻撃などとはつゆ思わず。幸い、陰陽師達が退路を塞ぐのは間に合いそうではあるが。
(後でキツク言ってやらねば!! だが! 敵はより混乱しているようだ!!)
谷間を逃げ惑う馬頭の群れ。波に足をすくわれながら崖上からの一方的な攻撃にさらされ続け、もはや応戦の余裕も無く、次々と討ち取られていった。




