【第六部】第九十六章 馬頭
馬頭はずっと不満だった。
後城では四鬼達にバカにされ、外縁部である三の丸に押し込まれていた。
そして、牛頭との富央城争奪戦に意気込んでのぞんだものの、一手及ばず牛頭に負け後城に出戻りした。
その時四鬼から向けられた嘲笑は今でも脳裏に焼き付いている。
なぜ自分がそのような屈辱にあまんじなければいけないのか。
認めたくはないが、“力”が無いからだ。決して認めたくはないが、馬頭は個としての力は牛頭と同程度には強いが、四鬼や鈴鹿御前には及ばない。
また、大軍を指揮する才も無く、鈴鹿御前のように賢しくふるまえるわけでもない。
そんな自分が力をつけてより上に行くためにはどうしたらよいかを馬頭は考えた。そして、答えを得た。
必要なのは、“群れとしての力”だ。自分がこれ以上強くなれなくても、命令に絶対服従な配下を増やせばいい。
そのために、人質をとって烏天狗達を従わせている。小鬼を増やし続けている。
今や軍は二千を越えた。偉そうにふんぞり返っている四鬼を後城から追い出せたらそれが一番だったが、つい最近牛頭が倒され富央城が人間共に奪還された報せが入った。
先月富央城を奪う際、人間の数はだいぶ減らした。人間が富央城を奪還したとは言え、その数はたいしたことないはずだ。まして、牛頭の群れと戦った直後ならなおさら。
馬頭は迷わなかった。富央城を我が物にすべく、急ぎ後城を出た。
この溪谷を抜ければ、富央城まではもうそれ程距離もない。
もうそろそろ自分の、自分だけの城が手に入る。
馬頭は期待をふくらませた。
――だが、その期待は突如、打ち破られることとなる。
今、この瞬間、馬頭がもうそろそろ滝壺にさしかかろうかという時、突如滝壺の水面が盛り上がり、巨大な水色の龍が現れた。
馬頭にとって、地獄の幕開けだった。




