【第六部】第九十章 妙
――川辺――
「妙だな……」
「どうした?」
「例の偵察でこちらに向かってきてる烏天狗を<千里眼>で見張ってるんだが、動きが妙なんだ」
砂の天蓋の下、神楽達は行軍を続けているが、神楽はずっと<千里眼>で烏天狗をマークしていた。蛟の問いかけに素直に答える。
聞き慣れない単語を疑問に思ったのだろう。修と咲も会話に入ってきた。
「せんりがん?」
「なんかすごそう」
「ああ。<千里眼>ってのは稲姫の能力でな。遠くを見れるんだよ」
神楽は聞かれたから素直に答えただけなのだが、ポカンとする修と咲。
「すごっ! さすがは妖狐……」
「最近しっぽが増えて、それで……」
咲をはじめ皆が稲姫を見つめる。稲姫はまだイワナガヒメやねね以外と話すのは緊張するようで、不安そうに神楽の服のすそをつかんでいる。
「えっと、稲姫ちゃん……だっけ? しっぽが四本もあるなんてすごいね。わたしは見たことないよ」
「てか、妖狐に出会って生き延びた奴が――」
「お、おい……」
「ぁ……悪い……」
修や咲以外の隊員も話に加わってきてくれたのだが、やはり妖獣の話となると、血生臭い話に向きやすい。
「気にしないでくれ。悪気がないのはわかってるし、稲姫は違う。俺達の味方だ」
「主様……」
とっさに神楽がフォローに入ると、皆も少しホッとしたようだ。だが、話に入ってこない者もやはりいて、憎々しげに稲姫をにらんでいるのがわかる。神楽がちらりと目を向けると気まずそうに目をそらした。
「その“ぬしさま”って? 主従関係とか?」
「いや、上も下もない、仲間だよ。琥珀が俺のことをご主人呼びするのに対抗して稲姫が考えた呼び名だよ。な? 稲姫?」
「は、はずかしいでありんす……」
「……むぅ。確かに、呼び方は大事かも」
「わらわは“我が君”と呼んでおるな。我が君じゃからな」
レインと青姫も話に入ってきた。場がにぎやかになる。ちょっと困ったように修が話を軌道修正する。
「えっと……水を差したくはないんだけど、今は話を進めたいかな。そのせんりがんっていうので遠くを見れるって言ったね? 距離はどの程度まで?」
「魔素が続く限り制限は無いな」
「そうでありんすね」
「それはまた……。というか、偵察に向かってきてる烏天狗が今どこにいるか、大体の場所もわかるの?」
「ああ。まだまだ距離があるな。安心していい」
「テンクウを呼び出すの、ちょっと早すぎたかな……。まぁ、いいか」
「隊長。代わりましょうか?」
「いや、大丈夫。咲達は温存しておいて」
先に伝えておけばよかったかと思う神楽だが、あの時は式神が物珍しくてつい夢中になってしまった。術を見てみたかったというのもある。
蛟が問う。
「それで、動きが妙というのはどういうことなのだ、神楽?」
「それなんだが……やたら高度を取ってるし、あまり真剣に偵察してるようには見えないんだよ。なんだか、偵察のふりをしてるだけで、見つかりたくなさそうな感じでさ」




