【第六部】第八十六章 崖上の進軍
――崖上――
神楽達が谷間の川辺を進軍している頃、法明は軍を指揮し崖上を進軍していた。
「わかっているとは思うが、式神は温存させろ。魔獣には侍を当て、なるべく護符も残しておけ。此度は戦になれば遠隔攻撃が主体になる」
「はっ!!」
法明の指示を受け、伝令が散らばり進軍している諸将に<護符通信>で内容を伝える。
崖は神楽達の進む谷間をはさみ、左右――南と北にそびえている。法明達は南側を進軍していた。北側は別の将を指揮にすえている。
崖上はうっそうと木々が生い茂っており、足場も決してよくはない。だが、文句を言う者などこの場にはいない。この奇襲のための布陣が上手く行かなければ、馬頭軍の進行をおさえるのは格段に難しくなる。それを皆、重々理解しているのだ。
黙々と行軍は進む。
(今のところは順調だな)
度々モンスターや妖獣には遭遇しているようだが、その度、即座に制圧させている。ここにいる妖獣は馬頭軍とは別でこの地に生息しているだけと思われるが、状況が状況だ。馬頭軍の偵察部隊がいないとは言い切れないのだから、始末するしかない。
――作戦の失敗、それすなわち、人界軍の敗北に直結する。
もし情報が漏れ、退却するならまだしも馬頭軍が逆にこちらを奇襲してきたら目も当てられない。
でき得る限り、危険要素の排除が必要だ。
(神楽達にはあまり見せられない……いや、既に富央城の戦で巻き込んでいる。今さらだな)
法明は心中で嘆息する。自分はいつからこうも甘くなったのか。だが、不思議とそれ程嫌ではなかった。
「法明様、予定どおり進行しています。この調子であれば、定刻前に余裕を持って布陣できるかと」
「そうか。だが油断するな。暗部からの報告では敵の進軍に変化は無いが、こちらに偵察を放っていないとも限らない。見つけたら即座に始末しろ。一切の出し惜しみは不要だ」
「はっ!! 各隊に伝えます」
伝令が去って行く後ろ姿をしばし眺めた後、法明は木々の隙間からわずかにのぞく空を見上げる。
まだ早朝で薄暗いが、晴天で雨など降りそうもなかった。
「天候を操る妖獣も確かにいるが、龍のそれはいかほどなのだろうな……」
そんなことを独り言ちる法明だったが、首をふり雑念を払うと、直ぐ様前を向き、予定している滝壺付近に向け軍を進めるのだった。




