【第六部】第八十四章 空香溪谷
――空香溪谷――
――空香溪谷。
中央と西を分断するかのように連なる山脈の山間にある溪谷であり、長大な川が東西に向け流れている。
幅広で長大な川の上流には滝壺があり、そこから東西に分岐している。
そして、左右を高い崖に挟まれており、下からはよく崖上を見通せない。
溪谷の川辺は緩やかな傾斜かつ平たい砂利であるため、崖上と比較し安全な通行が可能だ。
また、川の水は清澄であり、飲み水としても利用できる。魚も豊富で食の確保にも困らない。
そのため、西との往来にこの溪谷を通るようになったのは当然のことだろう。あえて危険な山道を行く必要は無いのだから。
西の後城が妖獣達の手に落ちる前はよく往来に使われていたこの溪谷だが、だからこそ敵――妖獣もこの溪谷を利用すると予測できた。
妖獣軍は一日前に入り西から、そして人界軍は今朝東から入っている。
妖獣軍の動きは遠巻きに暗部が監視しており、<護符通信>で頻繁に連絡が入っているのだ。
上流の滝壺には東から入った方が近い。そのため、人界軍の方が早く到達し、妖獣軍を迎え撃つために備えることが可能な計算だった。
しかしそれは数時間程度の余裕であり、遅れは命取りとなる。妖獣軍が行軍速度を上げないという保証も無いのだから。
人界軍は急ぎ滝壺に向け進軍していた。




