【第六部】第八十三章 八咫の思惑②
「馬頭を討つって簡単に言うが、実際どうすんだ? 俺達は先鋒として突っ込まされる一番危険な立ち位置だ。監視だってつくだろ?」
「そうだな。だが、乱戦となればいくらでもやりそうはある。被弾したフリをして崖上の森に身を隠すとかな」
「身を隠してどうするってんだ? それに、そこにも敵や見張りはいるかもしれねぇだろ?」
「戦況次第だな。馬頭が優勢なら加勢に戻り人間達を蹴散らす。劣勢なら馬頭が討たれる機会を待つ。――場合によっては、俺達で馬頭を殺す」
「――人質だっているんだぞ……? お前のことだ、考えはあるのか?」
思い出されるのは、見せしめと言える黒天の処刑と、馬頭の脅迫だ。八咫達が馬頭に手を出せないのは、人質を取られ歯向かえば処刑すると脅されているからに他ならない。
「奇襲で<禍津風>を使う。近付きさえできれば確実に殺す自信はある。部下に指示する隙は与えない。そのために、この術は奴らに伏せてきた。馬頭を殺したらすぐにその場を逃げ去り、奴らより先に後城へと戻り母さん達を助け出す」
八咫の自信に皆がうなずき返す。
――<禍津風>。
烏天狗の中で八咫のみが使える黒い風だ。その風に包まれた者は、毒、麻痺、睡眠の複合状態異常にさらされる。それも一瞬のうちにだ。術にかかった者は何が起こったかも理解できず絶命することになる。
射程が短い以外に欠点の無い、八咫の切り札とも呼べる術だ。
「いつかは馬頭を殺す必要があった。それと、俺達への監視をたつ必要もな。母さん達を解放するためには必須事項だ」
「だな。――そうか。お前のことだ。策を持ってるとは思ってたが、明日が勝負って訳だな。そういう意味じゃ、ここでの戦闘は都合がいい。俺達が先陣を切ることもな」
「成否の鍵は、隠密で誰にも見つからないよう馬頭に近付けるかか……」
「そうだ。それか、俺達がそこにいても違和感が無いくらい乱戦状態になるかだな。明日、戦況がどう推移するかはわからないが、行動指針は変わらない。柔軟に対応するだけだ」
八咫から明確な方向性が示され、皆の顔に覇気が戻る。
「よっしゃ、やったろうじゃねぇか!」
「黒磨、声がでかい!」
右こぶしを手のひらにバシッと叩きつけ、不敵に笑う黒磨を黒悠がたしなめる。まわりはまだ騒がしいし、黒磨も一応気遣い声量はおさえていた。
明日は八咫達にとっても運命の日となる。
(強引過ぎる策だが、もうこれしかない……。成功率は人間達が強い程高まるが、あまりに情報が無い……。)
皆が明るく焚き火を囲う中、八咫は一人静かに決意をみなぎらせるのだった。




