【第六部】第八十二章 八咫の思惑①
【一方その頃】
――空香溪谷――
神楽達が溪谷前で夜を明かしている頃、馬頭軍は既に西から空香溪谷に入っていた。
だからと言って、行軍速度が特に速いという訳ではない。空香溪谷は東西に長いため、抜けるためにはまだまだ距離があった。
このままの速度で進めば、人界軍の想定通りの時間に滝壺のある場所に侵入するだろう。
今馬頭軍は、神楽達と同じく川の近くで野営をしていた。
そして、その中には八咫達の姿もある。
◆
「やっぱ魚はうめぇな!!」
「ああ。久しぶりだな、最近じゃ一番まともな食いもんじゃないか?」
黒磨と黒悠がご機嫌な声を上げる。
八咫達は焚き火を囲んでいた。溪谷に入り、川沿いに行軍しているため、そのすぐそばでの夜営だ。
釣竿などを持ってきてはいないが、風の扱いを得意とする烏天狗達にとってはお手のもの。巧みに風を操り水中の魚を巻き上げ川辺のじゃりの上に大量に落とした。
それを少し離れたところで見ていた馬頭の配下が強引に奪って行った際には黒磨が一触即発の危うさをかもしだしたが、「またとればいい」と八咫が切り替えさせ、こうして自分達の分も確保して食べている。
串を通した魚を焚き火にくべて焼く。ただそれだけの焼き魚だが、皆の顔は明るい。後城に連行されて以来、まともな飯などほとんど無かった。いい肉や魚は馬頭達が自分達用に囲うため、八咫達にまわってくるのは鮮度の落ちたものばかりだった。
八咫が隣を見ると、黒夜が嬉しそうにハグハグと焼き魚をかじっていた。久しぶりに見る笑顔かもしれない。八咫としてもやはり嬉しい。
「八咫、どうするつもりだ? 本当によ」
「今は従う他無いだろう。だが、それも明日までだ」
「どういうことだ?」
今はいつもついている見張りの気配を感じない。おそらくは、小鬼共も魚に夢中になっているのだろう。黒磨の小声での問いかけに、八咫もやはり小声で答えた。
「気付いてないのか? 俺達は見張られてる」
「小鬼共は今いないだろ?」
「違う。人間達にだ」
「「――――は?」」
黒磨と黒悠がポカンとし、目をキョロキョロとさせる。
「よせ。不審がられる」
「だ、だってよぉ!! 気付いてたならなんで早く言わねぇんだ!!」
「八咫、どういうことだ? 明日までって言ったよな? 明日人間共と戦いになるってのか?」
「十中八九な。溪谷に入ってから監視が密になった。明日、行軍路のどこかで待ち伏せされるかもな」
「や、やべぇじゃねぇか!?」
黒磨の焦りも八咫はどこ吹く風だ。あろうことか――
「明日の戦を利用すれば馬頭を討てるかもしれない。これは、千載一遇の好機だ」
八咫は爆弾発言を言い放った。




