【第六部】第八十章 鍛治③
――富央城・二の丸・鍛治場――
「椿の嬢ちゃんのことだ。冗談ではないんだろ? ――だが、あえて聞く。そこの妖獣を弟子にしたってのはほんとか?」
「ああ」
「俺達が何のために鍛治をしてるかわかるか?」
「この地で、我々人が生きていくためだ」
「妖獣を駆逐してな。それを忘れたわけではないんだろ?」
「一つ違う。全ての妖獣を駆逐することだけが手段ではない」
「――変わったな、嬢ちゃん。少し前とは考え方からして違う」
「だろうな。色々あった」
一触即発の雰囲気の中、親方と椿が問答を繰り返す。やがて、親方は聞こえよがしに大きくため息をついた。
「頑固なのは変わらず……か。――だが、断る」
「それは、琥珀が妖獣だからか?」
「そうだ」
「なぜ?」
「決まってる。妖獣は俺達にとっての仇だからだ」
「味方となった者もいる」
「だろうな。だが、そう簡単に割りきれるもんでもねぇ」
ここで親方は初めて自分の弟子達を見回した。
皆、耳をそばだて、黙々と作業をしている。だが、その大部分の表情は険しい。不満はありありと見て取れた。
椿も理解する。そして、小さく嘆息した。
(やはり、駄目だったか……)
こうなっては致し方ないと、椿が断りを入れてこの場を去ろうとしたちょうどその時――
一人の男が立ち上がった。
◆
「親方。俺にやらせてくれ」
「宗成……。おめぇ……」
親方だけでなく、その場の皆が驚きの表情を向けた。それもそのはず――
「どういうことだ? おめぇは妖獣が大っ嫌いだろうが? 両親の仇だろうが?」
そう。宗成は特に妖獣嫌いで知られていた。反対派で真っ先に名前が上がる程に。だが、自ら協力を名乗り出た。それが親方も周りも理解できない。
「妖獣は嫌いだ。殺したい程憎い」
「なら、なんで?」
宗成は、自分の考えをまとめるようにゆっくり親方や皆に聞こえるよう言葉をつむぐ。
「だけど、こうして俺達がこの城を取り返せたのも、その妖獣の力あってこそだ。こんなに被害を少なくできたのは、そいつの活躍があったからこそだ」
宗成は琥珀を指さす。皆、黙って聞いている。
「――それに、そいつは昨日、うちのかみさんとせがれに肉をくれたんだ。他の奴らに気後れしてたうちの二人に。……二人とも大喜びだった。このご時世だ。肉なんて、俺ら鍛治人は新鮮なもんはめったに食えねえ。戦いに行く奴らにあてがうからな。命はってんだ。それは当たり前だ」
皆、黙って聞いている。
「でもな? かみさんとせがれの笑顔を見ると、やっぱ思うんだよ。恩に感じちまうんだよ。そんなことでってのもわかる。自分が一番よくわかってるつもりだ。――でも、妖獣は憎くても、こいつにだけは俺は恩を感じてる。だから、それを返す。ただ、それだけだ」
宗成は、不器用ながらも言葉をつむぐ。それはさながら、自分に言い聞かせているようだった。
「だから俺が打つ。そいつに恩を返すために。そこの異人にもだ。笑いたきゃ笑え」
場が静まった。親方が宗成をギロッとにらむ。
「……うちの看板しょってんだ。手ぇ抜いたら承知しねぇぞ?」
「抜くわけねぇだろ。俺の全身全霊で打つ。こいつらに誰よりも強い刀を。――だから、約束してくれ。俺の刀で、俺の家族を守ってくれ」
最後の言葉は、琥珀とクリスに向けてのものだった。
「もちろんにゃ!! うちに任せるにゃ!!」
「私も。期待に応えてみせる」
宗成は満足げに笑う。親方は、手でガシガシ頭をこする。
「わかったわかった! お前の実力なら申し分ねぇ。好きにしろ。――ったく、お前が一番やっかいだと思ったのに、何なんだこりゃ……」
親方は苦笑いだ。元々、難癖をつけつつも、自分で請け負うつもりだったのだ。だからあえて椿達の覚悟を問い、周りに知らしめ納得させようとした。それがまさかのこれだ。
自分の一番弟子で一番妖獣を嫌っていたはずの宗成がまさか自分から申し出るとは、親方にもまったく読めなかった。
(まったく……面白い奴らだ。こりゃあ、ほんとにどうにかなるかもな……)
絶望的な戦力差を覆す希望。その希望の一欠片。
この場にそれが生まれた。
親方は、直感としてそれを感じ取っていた。




