【第六部】第七十六章 <千里眼>
人界軍の行軍は進む。山を下り終えた後は平地が続く。ここから溪谷まではひたすら西に真っ直ぐだ。
「どれくらいの距離があるんでありんしょう?」
「聞いた話だと、ほぼ丸一日だな。夕方過ぎには着くって話だ。溪谷の前で夜営して、明朝入るとか」
神楽の隣を歩く稲姫は楽しそうだ。にこにこ笑顔だった。前回の富央城奪還戦では神楽は天守閣に奇襲をしかけに行き稲姫は蛟達との別行動を余儀なくされた。今回一緒にいられることが嬉しくないわけがなかった。
「そいや稲姫、気付いてるか? 新しい力のことだけど」
「もちろんでありんすよ。はっきり視えるでありんすね」
神楽と稲姫にしかわからない会話。蛟と青姫、レインが興味深そうに会話に入ってきた。
「稲姫、神楽。儂らに話せぬのは、力に確証が無いからか? だが、これから戦だ。使える力であれば使わずにおるのはもったいない」
「蛟の言う通りじゃ。はよ話すのじゃ!」
「……隠し事はキライ」
三者三様の物言いだが、皆、知りたがっているのは明白。稲姫と神楽は顔を見合せ苦笑いしてうなずき合う。
「なんて言えばいいんだろうな、新しい力のこと。聞いたことのある言葉だと、<千里眼>が近いかな?」
「そうでありんすね」
稲姫と神楽は、稲姫に4本目のしっぽが生えたことで得た新たな力について、頭を悩ませながらも皆に説明した。
◆
「なるほど……やはり、妖狐は儂らの想像以上に突飛な力を獲得するな」
「それ程強力な力なら、黙っている必要はなかろう?」
「……スゴい、稲姫ちゃん」
力の説明を受けた三人は、驚いてはいるが、素直に称賛する。
――<千里眼>。
はるか遠くを見通す能力。もちろん、近くだって視える。感覚としては、第三の目が生まれたようなもので、普段目で見ているものだけでなく、頭の中に別の映像が見えるイメージだ。
その範囲は、稲姫と神楽が今調べている限りでは制限がない。だが、遠くに目を向ける程、視線の移動に時間がかかり、また戻すのに同じくらいの時間を要する。
また、イワナガヒメの結界内では、映像はぼやけて見える。これが、稲姫と神楽が慎重になり皆に話していなかった理由だった。
「おそらくは、魔素を介しているんだろう。富央城近辺は、城を奪還してすぐに姫様が結界石を使って<守護結界>とやらを張り直したみたいだからな」
「そうでありんすね。結界を抜けた今は、スゴく鮮明に見えるでありんすよ」
先程神楽が稲姫に確認を取ったのもこれを確かめるためだった。イワナガヒメの<守護結界>は、魔素の流れを乱す。そのため、魔素を介して視認する<千里眼>にも影響を及ぼしたのではないかというのが、神楽と稲姫の推測だ。
「なるほどなるほど。だから、昨夜は確信を持てずに黙っておったのじゃな」
「……音は聞こえるの?」
「聞こえないでありんす。見えるだけでありんすね」
「だとしても、その有用性は計り知れぬ。敵の位置を一方的に知れるのだからな。――神楽」
「わかってる。法明にも話をしに行くよ」
蛟の言う通りだ。<千里眼>だとはっきり自信を持てた今、黙って使わずにいるなんてもったいないことをするつもりはない。
程々で話を切り上げると、神楽は稲姫を連れて法明の元に説明に向かった。




