【第六部】第七十三章 その夜――鈴鹿御前と茶々②
――日城・天守閣――
「――ん? え、ぇえ!? 三本から四本? たまたま、尾が増える瞬間に立ち会ったってこと!?」
「左様で。見ていた者もたまげたようです」
「そんなこともあるのね~。私も見たかったわぁ」と鈴鹿御前は凄く楽しそうにしている。茶々としては、それよりも力がどうなのかが知りたい。
「四本だとどの程度の強さなのでしょうか?」
「種類にもよるでしょうし、私も詳しいわけではないけど。そうね~……。今までに会ったことのある妖狐基準だと、相当やっかいね。妖狐の恐ろしさはその能力にあるの。尾の数が多い程、特殊な能力を多く備えていると考えていいわ。もし戦闘に特化した能力で四本だと、下手したら大隊相手でも戦局を左右する力を持っているかもしれないわぁ」
「それ程ですか……」
陣容にもよるだろうが、大隊――500や600――に相当する単体戦力となると、脅威に違いない。
門から力を得る妖獣は、その能力が偏りがちだ。種族によってだいたいの傾向は見て取れる。そして、力の優劣は基本、門からより力を引き出せているかにかかっている。
だが、妖狐は特殊であり、尾が増えるにつれ能力を増やしていく。そこにもある程度の傾向があるとは言え、予想だにしない変わった能力を身につけることもある。しかも、その能力は総じて強力であることが多い。
それは、“門が増える“ようなもので、複数の門を同時に扱っているようなものだと考える者は多い。
その意味では、神楽に近いと言える。<神託法>により妖獣の力を借りて使う御使いの一族の中でも、神楽は複数の力を同時に扱うことができる例外中の例外だ。
門の恩恵を受けている者程、その特殊性を脅威に感じることだろう。
百戦錬磨の鈴鹿御前をして妖狐を特に警戒するのには、そういった背景があった。
「妖狐が戦力の一端で、それ以上の戦力がないとも限らないわぁ。――かなりやっかいな集団かもしれないわよぉ?」
「確かに……だとすると、敵対はすべきではないですかね?」
鈴鹿御前はしばし黙考する。茶々はお茶をすすりながら静かに待つ。重たい話をしているはずだが、緊張感は無かった。それだけ鈴鹿御前の力を――知略を信頼している証でもあった。
「馬頭が出立してからおよそ2日。そろそろ、山脈にさしかかるわよねぇ?」
「左様で。監視からもそのような報告が入っております」
「人間達からしたら、折角取り戻した富央城での戦いは避けたいはず。なら、西で迎え撃つんじゃないかしら? ――だとしたら、溪谷? 進軍経路を読めるのはあそこくらいよね?」
鈴鹿御前は頭を回転させる。人界軍の狙いを正確に読んでいた。
「なら、明日には発たないと間に合わなくなる……。茶々、急で悪いけど、明朝、富央城西の溪谷に出立するわ!」
「――――ごふっ!?」
「やだ、大丈夫!?」
「だ、だいじょう、ぶ……で――ごほっ! ごほっ! ごほっ! あ~……鈴鹿様、急に思いつきでおっしゃらないでください……」
鈴鹿御前の思わぬ発言にむせて茶が気管に入ってしまったのだろう。茶々がせき込む。鈴鹿御前が優しく背をさする。
「いつものことじゃない? 苦労をかけるけどよろしくねぇ♪」
「はいはい。頑張ります……。でも、陣容はどうしますか?」
「攻めに行くんじゃないの、偵察よ偵察。私、茶々、後は適当に任せるわぁ」
「え、ただの偵察ですか? なら、うちの一族の者だけでも……」
「直に見たいのよ。それでわかることもあるでしょぉ?」
「そうですか……そうですね。では、準備しますので、失礼しますね?」
「えぇ、ごめんなさいね? よろしくねぇ」
軽くため息をつきつつ退室する茶々を、鈴鹿御前は笑顔で見送った。
「思っていた以上に面白くなりそうね。これは、見逃せないわぁ」




