【第六部】第七十二章 その夜――鈴鹿御前と茶々①
――日城・天守閣――
襖が控え目にノックされる。
「鈴鹿様。起きていらっしゃいますか?」
「起きてるわよ~。お入りなさいな」
もう夜遅くだ。この時間に鈴鹿御前を尋ねてくる者は限られる。声で茶々が来たとわかるや、鈴鹿御前はいつものように部屋に招き入れる。
「失礼いたします、夜分遅くにすみません」
「気にしないで、起きてたし。どう? あなたも飲む?」
鈴鹿御前は寝巻き姿であしを崩し、お茶をしていた。ちゃぶ台には、今しがた茶々のために戸棚から出した湯飲みがおかれていた。
茶々が返事をするまでもなく、急須から湯飲みにお茶がこぽこぽと注がれていく。
「はい」
「ありがとうございます、頂きます」
ここまでされて断るのは逆に失礼になる。茶々は湯飲みを受け取ると、ふーふーと息をふきかけ冷ます。そして、ちょいちょいと鈴鹿御前に手招きされたので、正座でちゃぶ台についた。鈴鹿御前とは向かい合っている。
「綺麗な星ね~」
「そうですね……って、そうではなくて、ご報告があるのです」
鈴鹿御前に釣られ窓の外を見た茶々は、ハッとしてここに来た目的を思い出す。
「なにかしら?」
「一族の者からの情報ですが、富央城南の森で、怪しい者達が狩りのようなことをしていたとのことでして」
「怪しい者達?」
「はい。何やら、異国の人間と神獣の組み合わせだったとか」
「あらあら! 例の“協力者”じゃないの!?」
「はい。私もその可能性が高いと考えてます。銀髪の男と女、金髪の女、忍らしき装束を着た幼子――そして、妖狐らしき神獣がいたとのことです」
「なにそれ! 面白い組み合わせね~。――って、妖狐!? 妖狐が人間側に付いてるってこと?」
さしもの鈴鹿御前も妖狐には驚く。妖狐の力の強大さはなにも人間だけが知るものではない。実力はピンキリとは言え、妖狐には玉藻の前のような特級危険度の者だっているのだから。
「ついているのか従わされているのかはわかりませんが、一緒にいたのは確かですね」
「はぇ~~……。妖狐が味方についたら、そりゃあ、人間達も気が大きくなるでしょうねぇ」
「それ程強力なのでしょうか?」
「個体差はあるけど、強力よぉ? ――ちなみに、尾の数はわかるかしら?」
妖狐の力は尾の数に比例する。厳密には、妖狐の中でもいくつかの種類はあるが、総じて尾の数が多い程その力は強大になると見なされている。
玉藻の前など、九本の尾を持つ。鈴鹿御前の知るところでは、これが最大値で玉藻の前以外には知らない。
それまでハキハキ答えていた茶々が、ここで初めて言葉を濁す。
「それなのですが……三本から四本になったとのことです」




