【第六部】第七十章 出立前日⑭ お裾分け
――富央城・正門前――
狩りを終えて富央城の正門前に戻ってきた神楽達は、琥珀達の班を待つ。
道中<護符通信>で連絡を取りあい、琥珀達も順調に狩りを終えつつあったとのことで、そう時間差もなく合流できた。
「にゃ、にゃにゃ~~~!?」
「こ、琥珀ちゃん、くすぐったいでありんすよ……」
稲姫のしっぽが増えていることに真っ先に気付いた琥珀。早速、しっぽをにぎにぎして感触を確かめている。
「よきかなよきかな。今晩は稲姫のお祝いじゃのぅ♪」
青姫も嬉しそうだ。普段稲姫とぶつかり合うことは多いとはいえ、仲が悪いわけではない。
恋のライバル的な関係であるだけで、お互い大事に思っているのだ。
「そちらも大量ですね」
「うん。琥珀がはりきってね」
「凄かったのなんの。木刀で真空波を飛ばしまくって、木まで何本も斬り倒してよぉ」
「だが、ある程度力を制御できるようにはなったようだな。やはり実践向きだな、琥珀は」
エーリッヒが苦笑い気味に、ラルフが興奮気味に、蛟が冷静に琥珀をたたえる。
――どうやら、大活躍だったみたいだ。
「それで? どうする? 俺らの取り分を屋敷に置いたら捕虜達のところに持ってくか?」
「そうですね。――ただ、いくらかは和国の人達にも持っていきましょう」
「それが良いだろうな」
今こうして話している間も、正門前に人が集まりつつある。
荷車に乗っているのは、いわばごちそうの山だ。戦時中で狩りも十分に出来ない現状、新鮮な肉なんて中々食べられないだろう。
小さな子供も大人も遠目にうらやましそうに荷車を見ていた。
「幸い、予定よりもかなり多い量がありますからね。皆に十分に行き渡らなくはなりますが、明日以降もあります。皆で分け合いましょう」
「そういうことか。――ったく。現金なやつらだぜ。いつもはにらみつけてくるくせによ」
「まぁまぁ。仲良くなるきっかけにできそうだしいいじゃないか」
ラルフの憤りはわかるが、和国の人達と不仲でいることはデメリットしかない。
下手したら、捕虜に渡した食糧を奪いに収容所を襲うなんてことにもなるかもしれない。そんな最悪なケースは避けなければいけない。
「まぁ、とにかく中に入りましょう。立ち話もなんですからね」
神楽達は荷車を引き、城内に戻った。
◆
――三の丸・屋敷――
「た、大変だったな……」
「みんな、思っていた以上に集まってきたね……」
城内に戻ると、神楽達はすぐさま人の群れに囲まれた。目的は言わずもがな、荷車に大量につまれた狩りの結晶――肉や野菜だ。
『あ、あんちゃん!! ただとは言わねぇ! 後で酒を持ってくからよぉ! 鹿肉をゆずっちゃくれねぇか!?』
『おい! ズルいぞ!! ――こっちは漬け物だ! 漬け物と交換してくれねぇか!?』
『お母さん!! お肉だよ!!』
『ほんとね……いいお肉ねぇ……』
『お、落ち着いて! 落ち着いて下さい!!』
――大変だった。神楽も今やぐったりしている。
結局、神楽とエーリッヒが相談し、神楽達が1、捕虜達が4、和国の皆に5という配分にした。
様々な人から物々交換を申し込まれたが、それだと対価を出せない貧しい人に渡せなくなるので、量は減るが少しずつでも皆に行き渡るようにその場でさばいた。
――主にラルフが。
まるで肉屋のような働きっぷりだった。神楽が横目で見ると、今は畳の上に大の字で寝転がっている。間違いなく、今回の騒動解決の立役者だろう。
捕虜に渡す分を残したことには、当然のごとく反発があった。
『なんで妖獣の捕虜なんかに!!』
『こっちが優先だろ!!』
そんな暴言もあった。
だが、神楽達は皆、耐えた。せっかくお裾分けで仲良くしようとしているのに、必要以上にぶつかって喧嘩しても仕方ない。
――でも、捕虜達の分を譲りはしない。これは元々、神楽達が彼らのために集めたものだ。
どう説得しようか神楽が頭を悩ませていると、琥珀が前に出た。
『うちが明日からも暇があれば狩ってくるにゃ! だから、楽しみに待ってるにゃ!!♪』
琥珀は嫌な顔一つ見せず、反論を返すでもなく、ただ笑顔で皆にそう呼びかけた。
嫌いな妖獣のそんな態度に、毒気を抜かれたのか、顔を見合わせる者は多かった。
それでも文句を言ってくる人も中にはいたが――
『大人しく待ってる人に先にあげるにゃ! みんな仲良く、にゃ!!』
そう言って、母親に手を引かれ大人しく指をくわえて見ている子供にお肉の入った包みを手渡した。どうやら、来るのが遅れてもらいそびれた人のようだった。
『ありがとう!!』
『ありがとうございます!』
『気にしなくていいにゃ! みんなで食べるからおいしいんだにゃ!』
ニコニコ笑顔で手を振り合う琥珀と母子を見て、ワガママは言いにくくなったのだろう。暴言も止んだ。
その隙を見て神楽達は捕虜収容所へと荷車を引いて駆け込んだ。
そこでも、目の前のごちそうを奪い合うがごとく妖獣達が殺到し大変だったが、皆、嬉しそうだった。
中には涙すら見せる者もいた。妖獣は生で肉を食べる者も多いので、渡した瞬間食事が始まった。
――なんとか皆に配り終え、疲れはしたが、やってよかったなと神楽達は充足感を得るのだった。




