【第六部】第六十四章 出立前日⑧ 剣術指南②
――富央城・本丸・椿の屋敷――
「不易神薙流……壱の太刀……<桜華一閃>!!」
左の腰だめに構えた太刀を勢いよく引き抜き、真空波を飛ばす椿。真空波は2メートル程前にある丸太の表面を削り飛ばした。木刀を触れさせてもいないのに、とんでもない技のキレだ。
「「「おお~~~~!!」」」
「見せ物ではないのだがな……」
縁側から神楽達が拍手して称賛すると、椿は照れくさそうに顔を赤くしてそっぽを向いた。
「うちもやってみたいにゃ!!」
「ああ。見てて何かわかったことはあるか?」
「カッコよかったにゃ!!」
「そ、そうではなくてだな……どうやって技を出してるか、何かわかったか?」
意気込む琥珀を導くよう、気付きから学ばせる椿。神楽から見て、二人の相性はとても良さそうに思えた。
「う~ん……からだに力をみなぎらせて……勢いよく振り抜いてたにゃ!!」
「そうだ。――いいぞ? お前はやはり筋がいい。身体に気をみなぎらせ、腰にためた太刀に集中させる。それを瞬時に解放することで、太刀に真空波を生ませているんだ。言葉にすると簡単だが、攻撃と呼べるものにまで鍛え上げるのは容易ではない。不易神薙流の基礎の技とも言える。いきなりはできないだろうが、試しにやってみろ」
椿は嬉しそうに腕を組み、琥珀を指南する。弟子が優秀で嬉しいのだろう。教えがいがあるというものだ。
椿が場所を開け、琥珀が丸太の前に移動した。
◆
「ふえきかんなぎりゅう……いちのたち……」
琥珀は椿の見よう見まねで腰を低くし、左の腰に太刀を構える。
右手は太刀に添えている。
琥珀の身体を膨大な気がかけめぐる。
「ん? んん? ――ちょ!?」
「椿、静かに」
椿も琥珀の気操作の異常さに気付いたのだろう。慌てたように琥珀に声をかけようとするが、琥珀は目を閉じ集中している。下手にからむのは危険だろう。神楽は椿の手を取り引き留めた。
――<肉体活性>。
仲間内には言わずと知れた琥珀の十八番だ。周囲から気を取り込み、体内で練り上げる。その練度は、人の比ではない。
天守閣戦で牛鬼に苦戦したとは言え、猫と鬼。もともとの肉体スペックからして違う。それに、連戦による疲れも蓄積していた。そんな中でも戦い抜いた琥珀が弱い訳がないのだ。
琥珀を中心に風が吹き込む。周りの木々が葉擦れの音を鳴らす。
「いや、いくらなんでも……ぇえ!?」
椿が慌てているが、今は結果を見守ろう。神楽は、わかってるわかってるというようにうなずくのみ。
――やがて、琥珀がカッ! と目を見開いた。そして、太刀を解放する。
「<おうかいっせん>!! にゃあ!!!!」
勢いよく振り抜かれた木刀が空気を斬り裂く。生じた真空波がこの場の誰にもわかるような密度をもって、丸太に襲いかかった。
――スパンッ!! ギャガッ!!
小気味よい音は丸太の断裂音。続いて聞こえる重たい音は、数メートル後方にある塀を断裂した音だった。
――斜め一文字にぽっかりと穴が空いていた。




