【第六部】第六十三章 出立前日⑦ 剣術指南①
――富央城・本丸・椿の屋敷――
「では始めるぞ琥珀。まずは木刀だ。いきなり真剣は危険だからな」
「わかったにゃ」
椿の剣術指南が始まる。琥珀も真剣な顔で木刀を持ち、椿に並ぶ。
「我々の剣術には二つの流派がある。一つは、私が修めている不易神薙流。もう一つは、彩乃達が修めている千変二刀流だ」
「ふえきかんなぎりゅう……」
ふむふむとうなずいている琥珀だが、よくわかっていないだろう。椿に合わせているだけだ。神楽にもそれはすぐにわかった。
「今からお前には、不易神薙流の基礎を学んでもらう。だが、適正が無いとわかればそれまでだ。私もこう見えて忙しいからな。真剣にやるように」
「わかったにゃ! 師匠!!」
「誰が師匠だ! ……あれ? そういうことになるのか?」
ちょっと腑に落ちなさそうに首をかしげる椿。神楽の隣にいる青姫は悪い笑みを浮かべていた。
「不易神薙流は古い歴史を持つ、太刀で戦う流派だ」
「たち?」
「今お前が持っている木刀のように、長い刀のことだ、簡単に言うと。これより短い刀は打刀と呼ばれる。打刀よりもさらに短いものは脇差だな。千変二刀流は打刀と脇差の二刀流だ」
「ぬ、ぬ、ぬ……?」
(あ、琥珀、既についていけてないな……)
遠目に見ても琥珀が頭を悩ませているのはわかった。それは椿にも伝わっているようで、「全てを今理解できなくてもいい」と前置きする。
「とにかく今は、手に持っている太刀の扱いを学んでもらう。いいな?」
「はいにゃ!!」
元気のよい琥珀の返事。悪い気はしないだろう。椿は満足げにうなずいた。
「まずは素振りだ。私をまねてみろ」
椿は琥珀の隣で素振りを始めた。椿も木刀だ。頭の上に持っていき、かけ声とともに目の前におろす。同時に足を後ろに持っていったり前に出したりしているので、初心者がいきなり真似るのは難しそうだった。
琥珀は右隣の椿に顔を向けたまま動きを真似る。
最初はぎこちなかったが、繰り返すうちにピッタリと息が合うようになってきた。
「ほう……」
椿が驚きに目を見張る。少し嬉しそうだ。口元にいつの間にか笑みを浮かべていた。
「筋がいいな。姿勢も綺麗だ。――何か武術の経験でも?」
「武器なんて持ったことないにゃ。教わるのは始めてにゃ」
「それでこれか……末おそろしいものだな。――あれ? 私は、何か開いてはいけない扉を開こうとしているのか?」
「つ、椿! なんか技とかはないのか!? 牛頭に使った技とかはどうだ!?」
椿が何かに気付きそうだったので、慌てて神楽が声をかける。
――考える暇など与えない!
「そこまで! ――技、技か……。ふむ。なら壱の太刀がいいか」
素振り終了を琥珀にも伝え、あごに手を当て椿が考え込む。
椿は庭の奥――直立するように設置された丸太の前まで移動する。後ろは数メートル程の間隔を開けて塀だ。地面には砂利が敷き詰められている。
「琥珀。今からお前に不易神薙流の技を見せる。しっかり見ていろ?」
「はいにゃ!! よろしくお願いします! 師匠!!」
琥珀は楽しそうに椿の横に移動する。神楽達もよく見えるよう、近くの縁側まで移動して腰をおろした。




