【第六部】第六十二章 出立前日⑥
――富央城・本丸・椿の屋敷――
仮設指令所から徒歩で少しの距離に立派な屋敷があった。道すがら神楽が椿に聞いたところ、椿や法明の住居はイワナガヒメの取り計らいで本丸にあるのだとか。
軍を指揮する大将でもあることだし、都合がいいからだろう。
椿の屋敷の庭はかなり広めだった。富央城を奪還した際は他の屋敷同様汚されていたようだが、本丸は牛頭の群れの中でも上層部だけが使っていたようで、汚染はそれ程酷く無かったようだ。
金品は根こそぎ持ち出されていたようだが。
清掃は問題なく行われたようで、今は綺麗な状態に保たれていた。
庭には、椿の訓練用だろうか、丸太や藁人形などがいくつも設置されている。
神楽達は琥珀を除き、屋敷の縁側に座るよう案内される。椿には屋敷の管理で侍女がつけられているようで、椿が言い付けると、嫌な顔一つせずに――むしろ笑顔で――お茶や菓子をおぼんにのせ運んできた。神楽達一人一人にくばる。
「ありがとう。悪いね」
「いえいえ。ごゆっくりなさってください」
気立てのいい子だった。椿が名前を呼ぶのを聞いたところ、桔梗というらしい。楚々とした美しい少女だった。
「桔梗。気を付けろよ? 神楽は手が早いからな」
「あら。“英雄”様に見初められるなら光栄ですわ♪」
「英雄?」
頬に手を当てまんざらでもないように桔梗がそう返す。英雄という呼び名を不思議に思い、神楽は桔梗を見る。
だが、危険を察したのか、レインが間に入る。
「……む。ダメ」
「それは残念です。では、何か御用がありましたらなんなりとお申し付けくださいませ」
そう言って桔梗は立ち上がり距離を取る。終始、柔和な笑顔は崩さない。
「……こんなところにも強敵がいるとは、和国はほんにおそろしい……」
青姫がそう呟くと、女性陣は皆、一も二もなくうなずき返すのだった。




