【第六部】第六十章 出立前日④
――富央城・本丸・仮設指令所――
ごほっ! ごほっ! ごほっ! ……
椿が激しく咳き込む。もし飲み物を飲んでいたら大惨事だっただろう。そうでなくてよかった。
息を整えて椿が言う。
「いきなり何を言い出すのだ!?」
「いや、な……? 一昨日の天守閣での戦闘で、琥珀が追い詰められただろ? 仲間内で相談したんだ。『強くなるにはどうしたらいいだろう?』って」
事実である。城外の天幕での琥珀との一時の後――寝て疲れを癒した後――、神楽と琥珀はパワーアップ案について蛟に相談をもちかけた。
◆
『蛟。琥珀がもっと強くなりたいって言ってるんだが、何かいい方法は無いか?』
『琥珀は既に十分強いだろう。儂の知る限り、これ程強い猫はいない』
『そうじゃないにゃ! うちは、“最強”になりたいにゃ!!』
琥珀は猫だ。種族間には抗いがたい差があるのは皆、承知の上だ。
例えば、猫より龍の方が強い。この見解に異を唱える方が難しい。それは猫に限らず、様々な種族に当てはまるだろう。
だが、琥珀はそんな当たり前を求めているわけではない。それは蛟にも直ぐにわかった。
『琥珀。儂の見立てでは、汝はそこらの虎よりもよっぽど強い。白虎と比べれば劣るだろうが、それ以外とは同格以上だろう』
『でもそれじゃ足りないにゃ!! 牛鬼を簡単に倒せなかったにゃ!! 青姫ちゃんは簡単そうに倒してたのに!!』
最初の方は問題なく倒していたようだが、連戦が続くにつれ疲弊し、苦戦するようになったらしい。力不足を感じたのだろう。
『相性はあるだろう? 術の通りやすかった相手だったというだけではないのか?』
『それじゃダメにゃ!! うちは、“最強”になりたいにゃ!! 最強って言うのは、どんな相手も圧倒する凄い奴にゃ!!』
琥珀の主張は神楽にも蛟にもわかる。だが、それは容易なことではない。言うまでも無いことだが、蛟は諭すようにあえて言う。
『儂でも神楽でも、その最強には程遠い。それは、儂らが敵に捕らわれたことからもわかるだろう?』
『でも二人とも! うちよりよっぽど強いにゃ!!』
どうやらテコでも動く気はないらしい。蛟は困ったように神楽の方を向く。
『最強とまでは言えなくても、強くなる方法があったら教えてくれないか?』
神楽が琥珀の援護に回ったことで、蛟も観念したようだ。気付かれないように小さくため息をつき、琥珀に向き直る。
『門からより力を引き出すのが正攻法だが、そういう当たり前を聞きたい訳でもないのだろう? なら琥珀よ、椿とやらを思い返してみるとよい』




