【第六部】第四十八章 捕虜からの情報提供
――富央城・三の丸・捕虜収容所――
「確かにわしらはそれを知っている。戦でお前達人間が使っているからな。だが、それだけではない。狸の神獣がそれを持っていることも知っていた」
「なんで狸の神獣だけ持ってたんだ?」
「それは、狸の神獣が鈴鹿御前の手の者だからじゃ。大っぴらに認められてはいなかったが、鈴鹿御前の手の者が牛頭の群れに紛れ込んでいることを知る者は多い」
神楽の知らない名前。鈴鹿御前。
「鈴鹿御前?」
「――知らぬのか?」
「知らないな……。法明は知ってるか?」
「おそらくは日城を支配している鬼のことだろう。椿の言うところの女型の鬼だ。狸の神獣を配下にしていること、諜報員や工作員を紛れ込ませる手法を用いることなど、類似点は多い」
法明は苦虫を噛み潰したような渋い顔をしている。過去に因縁があっただろうことは想像にかたくない。
「その通りじゃ。鈴鹿御前はニチジョウだったか……南の城に住まう鬼じゃ。配下の狸をこの城に紛れ込ませておったのじゃよ」
「よく牛頭が許したな」
「大っぴらには許してはおらんかった。配下に示しがつかんからな。狸の神獣は<変化>を得意とすることも見過ごした理由にあったじゃろうな。必要に応じて別の者に化けることができる」
「諜報にはピッタリだな……」
<変化>。神楽の知らない能力だが、他の者に化けられるのは便利そうだと興味を持つ。エクスプローラーが見出だした魔法の中にも光属性の上級魔法で似たようなものがある。
ルーカスが得意としており聞いたことがあるが、なんだったか……。とにかく、狸の神獣は他の妖獣に化けて潜伏していたということで納得する。
「でも、<変化>してたなら、お前達にもわからなかったんじゃないか?」
「まぁな。パッと見るだけではわからん。じゃが、やはり違和感を感じることはある。動きや匂いなどはごまかそうとしてもごまかしきれぬことはある」
「なるほど。確かに」
見た目だけまねても、その者になりきることはできないということだ。いいことを聞いたと神楽はしきりにうなずく。
「やつらもそう簡単に隙は見せないが、全くないわけではない。気になって物陰を覗き込み、やつらがその札を取り出してるのを目の当たりにした者は少なからずいる」
「なんで鈴鹿御前が護符を持ってるかは……知らないよな?」
「知らぬな……」
「なるほどな……。うん! スッキリした! ありがとな」
神楽はあぐらの両ひざをパンと叩き、納得したと笑顔を見せる。犬の神獣は、少し戸惑い顔だ。
「……よいのか? この程度の情報で」
「んあ? まだ何か知ってるのか?」
「いや……知らぬ。じゃが、わしらがやつらの手先でないか、もっと問い詰めなくていいのか?」
なるほど。すぐに納得して逆に不審がられてしまったようだ。神楽は、今まで話を黙って聞いていた法明に話を振る。
「――だってさ? もういいよな?」
「これ以上知らぬというならここまでだろう。――協力、感謝する」
法明が軽く頭を下げる。それは神楽に向けてであり……妖獣達に向けてでもあった。妖獣達がざわつく。
「お、お前がわしらに頭を下げるなど――」
「……それ程おかしなことか?」
「おか――いや、よそう。少し予想外だっただけじゃ」
法明は陰陽師の大将であり、その実力は言わずもがな最強クラスだ。前線にも出ていたことから妖獣にも知れ渡っている。恐怖すら抱いていただろう。
妖獣達の驚きは大きい。だが、神楽としてはそれが嬉しかった。
「じゃ! 難しい話はこれで終わりだ! 部屋のせまさが問題だったな。他の空き部屋を見に行くか」
「法明様……」
「神楽の好きにさせておけ。――神楽、わかってるだろうが、やり過ぎるなよ?」
「わかってるって!」
部屋の見張りが困ったように法明に頼るも、法明は許可を出した。戸惑う妖獣を引き連れ、神楽は部屋を出て兵舍内を見て回るのだった。




