【第一部】第三十三章 <幻惑魔法>と<憑依>
「いやぁ、一時はどうなることかと思ったにゃあ」
これは琥珀だ。長老の屋敷を出た神楽と稲姫、琥珀は神楽の家までの道を並んで帰っていた。
「ご主人と長老が喧嘩するかとハラハラしたにゃ」
「怖かったでありんす」
「無意識で気が漏れちゃったみたいだな……すまん」
琥珀と稲姫からの軽い抗議を受け、神楽が素直に謝る。「まだまだ修行が足りないな」と反省しているようだ。
「そう言えば、稲姫、しっぽの数が三本に増えてるよな」
「今頃気づいたでありんすか?」
神楽が驚くかなと楽しみにしていただけに、その発言に稲姫は少しがっかりする。
「いや、もちろん再会した時に気づいてはいたよ? でも、それどころじゃなかったからさ」
照れて頬をかきながら神楽が主張する。確かにあの時はそれどころじゃなかったかもしれない、と稲姫も思い直す。
「神楽と別れてから、わっちの妖力も増したでありんす。新しい力だって身に付いたでありんすよ?」
「へぇ、どんな?」
神楽が聞くと、稲姫が自慢げに教えてくれる。
「<幻惑魔法>と<憑依>でありんす」
「おお、なんかすごそうだな」
「どちらも対象との距離が近くないと、っていう制約はあるけど、スゴさは保証するでありんす♪」
「どんな力にゃ?」
興味を持った琥珀も話に入ってくる。
「<幻惑魔法>はその名の通り、相手に夢幻を見せて惑わすでありんす。<憑依>もその名の通り、相手に取り憑くでありんすよ」
「取り憑くってなんか怖いな」
神楽の率直な感想に稲姫がむっとする。
「別に意識を乗っ取るわけじゃありんせん。……場合によってはできるけど」
「できるんかい!」
神楽がつっ込む。
「じゃあ、何のために取り憑くにゃ?」
「移動が楽ちん……とか」
「お、おう」
なんとも微妙な……と神楽が思った瞬間――
「ああ! 今、バカにしたでありんすね!」
勘よく察した稲姫が怒って神楽に抗議する。
「あははは!」
逃げる神楽を稲姫が追いかけまわす。
――琥珀は、そんな二人を嬉しそうに見つめるのだった。
◆
「え? なんで神楽と一緒に寝たらダメなんでありんすか?」
神楽の家でお夕飯をご馳走になった後、就寝の段になり稲姫が言う。
「な、なんでって、そりゃあ……ねぇ」
「う、うん。――稲姫ちゃん。年頃の男と女は軽々しく一緒に寝ちゃいけないんだよ?」
神楽の母親である春と妹の楓が稲姫を窘める。
「でも、琥珀ちゃんは一緒に寝るみたいでありんすよ?」
琥珀は神楽に付いて既に部屋に入っている、と稲姫が主張し、春と楓が「「うっ!」」と怯む。
「琥珀ちゃんは、え~と、その~……どうしてもって聞かなくて」
「それに、琥珀ちゃんはお兄ちゃんと“縁”を結んだパートナーだから……」
言いにくそうに春と楓が稲姫に告げ、説得を試みるが――
「のけものは嫌でありんす! わっちも一緒に寝るでありんすよ!」
そう言って、神楽の部屋に入って行ってしまった。
「あらあら。神楽もモテモテね」
「お母さん、楽観的すぎるよ……」
――頬に手を当てる母を尻目に、楓はため息をつくのだった。




