【第六部】第三十七章 烏天狗達
――札帳平原――
札帳平原を長蛇の列で東に進軍する馬頭軍の先頭部で、背に一対の黒い翼を持つ神獣達が手に持つ錫杖を目の前のモンスターに向けていた。
錫杖からは烈風が吹き荒びモンスターを切り刻む。モンスターは動物である猪から牙や体躯が異常発達した種であり、和国では“牙猪”と呼ばれていた。
ずんぐりむっくりしたまん丸型をしており、体長は2メートルを超える個体もいる。牙は下アゴから一対巨大なものが上に向け生えており、長い個体で50センチメートルを超える。
見た目に似合わず動きは俊敏で、自慢の脚力であっと言う間に標的との距離をつめ、牙で突き殺す。
急旋回は苦手とするがその突進力は確かなもので、見た目通りの頑丈さも相まってちょっとやそっとの傷では止まらない。
むしろ、傷を与える程興奮する質のようで、その後の攻撃に苛烈さが増す。
それが5体、群れを成して襲ってきたのだ。黒い翼をもった神獣――烏天狗6体が相対し、他は距離をとってその戦闘を見守っていた。
◆
「八咫! なんで<禍津風>を使わねぇ!?」
「声が大きいぞ、黒磨。この程度の雑魚に使うまでもないだろう?」
八咫と呼ばれる少年は、見た目神楽と同い年くらいの風貌をしていた。黒髪、白い肌。そして、背には他の烏天狗同様一対の黒翼を携え、黒い着物を着ていた。足には草履をはいている。
「お兄ちゃん……」
「心配するな黒夜。兄ちゃんが守ってやる」
小さな烏天狗の少年が一人、目の前の牙猪に怯えながら八咫の背中に隠れ着物をつかんでいた。その手は震えている。
その見た目はねねと同い年くらいであり、八咫は戦慣れどころか初戦もまだの弟を守るため、錫杖を牙猪達に向ける。
「吹き荒べ。<烈風>」
八咫が錫杖をシャンと鳴らし牙猪達に向けると、忽ち大規模の烈風が牙猪達に襲いかかる。
突進中の個体、隙を見計らい足元の土を脚で払っている個体、その区別なく風の刃が襲いかかりその身を切り刻んだ。
「ブフッ……!!」
身体のあちこちから鮮血を撒き散らし、全ての牙猪が地面に横倒れとなる。しばらくはピクピクと痙攣していたもののやがて動かなくなった。
後方、離れたところでその様子を見守っていた馬の神獣が大声を上げる。
「鳥共よくやった! ――小鬼共!! 獲物の死体を運べ! 飯にするからな!!」
馬の神獣の周りにいた小鬼達がイソイソと集まってくる。運搬用に用意していたのだろう、木を縄でまとめて作った簡素な平板を数体がかりで一枚持ち、牙猪5体分の枚数運んできた。
「八咫。おめぇ、初めから本気――」
「行くぞ。後はこいつらに任せておけばいい」
黒磨が文句の声を上げるも八咫は聞き流し、黒夜の手を取り、行軍の先頭部に戻っていく。
黒磨は舌打ちしつつ、他の3体の烏天狗は顔を見合わせため息をつきながら八咫の後を追うのだった。




