【第六部】第十三章 捕虜の扱い③
――富央城・三の丸・捕虜収容所――
「わしらは戦に負けた身じゃ。本来なら、今生きていることすら許されてはおらんじゃろうからな。お前の決定に従う他ないわけじゃが」
犬のような特徴を備えた老人の神獣は、そう前置きをした上で、気丈にも神楽をジロリとにらむ。そして、『これだけは言わなければ気がすまない』と言わんばかりの恨み節をこぼす。
「ただ安穏と暮らしていただけのわしらのすみかを襲って奪い、牛頭のような乱暴者の配下になってまで手に入れた新しい居場所すらまた奪おうというのか。人間とは、ほんに醜悪な生き物じゃて」
その神獣の言い分に同意するよう、他の妖獣達も神楽をにらみつける。そこには、確かな“憎悪”が込められていた。
――神楽の中で、何かがプツンとキレる音がした。
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「お前達がそれを言うか? 本州から人間を追い出し、この北州に逃げ込んだわずかな人々すらも今こうして滅ぼそうとしてる。お前らは、人間から住みかだけじゃない、全てを奪ってんだよ」
神楽が怒気を隠さずそう言い返すと、若干気圧されたものの、神獣から直ぐ様反論が来る。
「仕掛けてきたのは人間からじゃとゆうたじゃろうが。被害者ぶるでないわ」
「人間からだとしても、それは一部の者がやったに過ぎない。戦のきっかけとなった奴らを知ってるが、そいつらは他所から来た奴らで、和国民ですらない」
「なんじゃと……? ――いや、じゃが、それでもここ北州でわしらの住みかを奪ったのは、そこにいる奴らじゃ。本州での出来事がどうだろうと、それは変わらない」
神獣は、神楽の後ろにいる法明や見張りを厳しくねめつける。法明はそれに気付きながらも瞑目し、何も答えない。――見張りは、手に握る薙刀を固く握りしめ眉をひそめる。だが、自分が口を開くべきではないとわきまえているのか、あくまで黙って見張りに徹していた。
神楽はそんな二人を流し見ると、神獣に向き直る。
「確かにお前達の住みかを奪ったのは、この人達かもしれない。だが、この人達だって、本州を追われてここに逃げ込んだに過ぎないだろう」
「それが、わしらと何の関係がある? わしらは、お前達人間にちょっかいは出してはいなかった。人が増えて住みかを確保するため山狩りをしだしたのは、お前達人間じゃ」
妖獣達もだいぶ鬱憤がたまっていたのだろう。捕虜であるという立場を忘れてるのかと疑う程の詰問だった。
ミクロな視点で見れば、加害者は北州の人間で被害者はこの妖獣達。
対して、マクロな視点で見れば、加害者は妖獣で、被害者は人間なのだ。
そもそも視点が違うのだ。話が噛み合うことなどあり得ないのだった。




