【第六部】第十章 エーリッヒの目論見②
――富央城・三の丸・屋敷――
「で? 他にも理由があんのか?」
「ん?」
「いや、お前が『この国の奴らについてどう思うか』って聞いてきたからよ。『“まずは”戦闘力』とか言ってたしな」
「ラルフはほんと抜け目が無いな」
エーリッヒは苦笑いすると、「たいしたことじゃないよ」と前置きして話し出す。
「エクスプローラーの目的は、未踏領域の開拓――つまるところ、人類の居住域拡大と有用技術の開発で、つまりは“人類への貢献”だよね?」
「? そりゃそうだ」
「僕らは、エルガルド大陸出身で、この和国には縁もゆかりもない。彼も言ってたけど」
「そうだな。まぁ、知り合った手前、ここの奴らを助けてやりたいって神楽の気持ちは分かるけどな」
「うん。でも、ラルフがさっき言った通り、戦争参加してまでするかって話で、その判断のためにリスクとメリットを秤にかけたわけだ」
「まどろっこしいな。結論を言え」
エーリッヒの言葉運びにイラついたラルフがしびれを切らす。エーリッヒは慣れっこであるため気にしないが、ラルフの要望通り、本質に触れる。
「人類への貢献である以上、この国の人達だってその対象だ。しかも、今やすべての領域が獣界と判断されたこの和国で、こんなにも広い人界が残っていた。――なら、エクスプローラーとして彼らやその住みかを守るため行動するのに、何か特別な理由がいる?」
◆
ラルフにも、エーリッヒの発言はエクスプローラーとしての模範回答に思えた。だが、やはり違和感はある。
「お前って、そんなに仕事熱心だったっけ?」
「ラルフが僕をどう思ってるか、よくわかったよ……」
エーリッヒは額を手で押さえながらため息をつく。だが、ラルフにも言い分はあった。
「でもお前、この前の中つ国での働きでブラッククラスへの昇格打診があった時、断ったじゃねぇか」
“青ノ翼”はクラス区分としては、特例クラスのパープルを除き、上から二番目のプラチナだ。
だが、中つ国で神楽達と共に行動し大戦の勃発を防いだ大功により、協会からブラッククラスギルドへの昇格打診があった。
レインは興味無さそうに「……受けるか決めて」とエーリッヒとラルフに丸投げし、ラルフも「お前が決めろ」とエーリッヒに判断を委ねた。
なので昇格を断ったエーリッヒに文句を言うのは筋違いではあるが、ちゃんと理由は聞いていなかったなというのもあり、ちょうどいいので問いただしている。
それに対し、エーリッヒは事も無げに答える。
「僕ら三人だけじゃ無理だったでしょ。彼や神獣達の働きがあったからだよ。あと、“宵の明星”もね。――ブラッククラスになれば、協会からの支給や待遇は確かに良くなるけど、責任だって増す。つまりは、時期尚早だよ」
「まぁ、うちは三人だしな……。――つーか、もう神楽、うちに入ってるようなもんじゃねぇか? ピオニル大陸への航海だって、俺らとセットで通ってるようなもんだし」
「そうかもしれないけど、登録としては別でしょ?」
「なら、今回の件を恩に着せて、戦が終わったら入れちまうか」
「僕もちょっとそれ考えてた」
「レインだって大喜びだろ、きっと」
そうして、ラルフとエーリッヒは顔を見合わせ笑い合う。
――神楽は、本人の預かり知らぬところでまたしてもその所属を決められようとしていた。




