【第六部】第六章 なぜ東に
――支部長室――
「東に航海って……和国にでも向かったんですか?」
「いいえ。和国よりもさらに東にある私達の知らない大陸――なんだったかしら?」
「ピオニル大陸です、イザベラ様」
「そうそう、それよ。つまりは、そこを目指して航海に出たの」
女性秘書に助けられながらイザベラはカール達に事情を説明する。
「なるほどそれで……。<念話>が届かない訳ですね」
「<念話>は凄く便利ではあるけど、魔素を介した通信手段だからね。距離が離れすぎたら使えない。それに、魔素を遮断した場所とかもあるらしいし、そういう場所でも使えないわね」
「中つ国の時点でこことは距離が離れ過ぎてますしね。どっちにしろ、やっぱ<念話>は無理か……」
カールとイザベラで話を進めてしまっている。エリスはイライラしたように腕を組み、眉をしかめていた。
「大丈夫かい? お嬢ちゃん」
「――エリスです。すみません。連絡も寄越さずにそんなことしてるアレンに少しイライラしちゃって……。でも、アレンは何しにその大陸へ?」
「直近、中つ国で人間と妖獣の戦争が起きかけたことは知ってるわよね?」
「ええ。その大戦を未然に防げたのは、エクスプローラーの先輩方の活躍が大きかったとか。――まさか」
「そのまさかよ。アレン――今は神楽と名乗ってるけど、彼らもそれに大いに貢献したのよ。中つ国国王の曹権からも恩賞を受けているし、協会にも感謝状が入ってるわ」
「「「ええ~~~~!?」」」
カール、エリス、クレアがハモる。イザベラはさも楽しげに声を上げて笑うと、秘書の用意した茶で喉を湿らせてから話を続けた。
「驚くわよね、さすがに。エクスプローラーになって日も浅いペーペーが中つ国を救う大立ちまわりをしたんだもの。あなた達も頑張りなさい」
「はい! ――って、そうじゃなくて! 驚きはしましたが、それと航海にどんな関係が?」
「ん~……。これ以上は一応機密だからボカさせてもらうけど、そのピオニル大陸には、私達と普段交流の無い人々が住んでることがわかったのよ」
イザベラは隠し事が苦手なのか、慎重に内容を語り継ぐ。だが、エリスやカール、クレアにとっては大問題だ。
「敵のアジト……とか?」
「そんな危ないところにアレン達だけで行かせる訳ないだろ?」
「じゃあ、偵察……とかかな?」
三人とも、見事に物事の真髄を見抜いていた。イザベラとしては、中つ国で暗躍していた組織の情報は話していなかったはずなのにと意外に思う。
「あら。“敵”、なんておだやかじゃないわね?」
「いや、ごまかさなくてもいいですよ。アレンが中つ国にたつ前に<念話>で話してましたから」
「――ああ。そういうこと……。どうやって彼がそんな情報を事前入手していたかは置いておくけど、なら話が早いわね。つまりは、そういうことよ」
イザベラが素直に認めると、秘書が困ったように笑いながらため息をついていた。
「じゃあ、私達も行きましょう。中つ国から東に航海ね?」
「はいはい。新米さん達はまずギルド登録からでしょ? ――で、とりあえず三人で組むでいいわよね?」
血気はやるエリスの物言いにイザベラが冷や水を浴びせる。『事情を話したんだから、こっちの言うことも聞け』と言わんばかりのまとめ方に、エリスも渋々とうなずいた。
だが、一つだけ気にかかることがあった。
「――あ。さっき、アレンが今は神楽を名乗ってるって」
「よく覚えてたわね。珍しいことだけど、協会は改名登録も受け付けてはいるからね。中つ国の協会支部で手続きされたのよ」
「そっか……。それで、アレ――神楽は今ギルド無所属ですよね? 自分達だけで航海に出たんですか? いくら中つ国で多大な功績を上げたからって、ギルド無所属のエクスプローラーだけで未知の大陸への航海なんてさせますか?」
エリスの指摘に『うっ!』と喉をつまらせるイザベラ。茶が気管に入ってしまったのだろう。ごほごほと咳き込む。秘書が困ったように背中をさすってあげていた。
「――イザベラさん。どうでしょう?」
「確かに……エリスの言う通りだ」
「エリスちゃん冴えてる!」
エリス、カール、クレアの視線がイザベラに集中する。イザベラは、降参とばかりに両手を上げて見せた。
「わかったわかった! 話すわよ。実はね――」
そうして、観念したイザベラは、神楽達の同行者――“青ノ翼”の三人についてもエリス達に話して聞かせるのだった。




