【第五部】第九十四章 しれっと
――天幕の外――
「ぬぅ~~~…………」
「そんなに気にするくらいなら、主様にキツイことを言わなきゃよかったでありんすよ……」
「そうは言うがな? やはり、思ったことはきちんと伝えるべきであろう?」
「それはそうでありんすが……」
青姫は琥珀の天幕の外でうろうろしていた。しゅんとした神楽が中に入ってからというもの、神楽にキツく言ったことをずっとこうして気にしているのだ。
それに気付いた稲姫が、付き添うように一緒に外で立っている。何だかんだで稲姫は青姫のことも心配していた。
「主様ならだいじょうぶでありんすよ。琥珀ちゃんがついてるでありんすから」
「わかっておる。わかってはおるがな……? やはり、気になろう?」
落ち着きのない青姫に稲姫がため息をつく。
「それにしても、いくらなんでも長くはないかえ? 先程琥珀が起きてから二人で会話してるのは少しばかり聞こえてきたが、今は全く物音すらせぬぞ?」
「確かにそうでありんすね……」
顔を見合わす青姫と稲姫。静かになったというのに、神楽は中々天幕から出てこない。
「ちと、のぞいてみるかの……」
「邪魔しちゃ悪いでありんすよ」
稲姫の制止も聞かず、青姫は天幕の内側を隙間から覗き込むと、よく見えず焦れたのか中にするりと入り込む。仕方無いなとため息をつき、稲姫も後に続いた。
◆
「「………………」」
天幕の中に入った青姫と稲姫は絶句する。
果たして、目の前には――
「……すぅ……すぅ…………」
「むにゃあ……♪」
一つの布団で、神楽と琥珀が仲良く寝ていた。神楽は仰向けに。琥珀は、神楽の右側で抱きつくように寝ていた。とても気持ちよさそうな寝顔をしている。
「………………」
青姫が静かに右手から炎を出す。稲姫が慌てて<魔素操作>で消し去った。青姫が二人に近付こうとするので、これまた慌てて引きとめる。
(何してるでありんすか!?)
(放すがよい! もう我慢ならぬ!! 我が君には、キチンとした躾が必要じゃ!!)
小声で騒ぐ青姫と稲姫。青姫は涙目だ。二人のことを心配してたのにそれは杞憂で、あろうことか二人でぐっすり熟睡しているのだからたまったものではない。
稲姫は今にも神楽を叩き起こしそうな青姫をなんとか押しとどめていた。
(騒ぐなら出ていくでありんすよ!)
(ぬ、ぬぅ……)
渋々ながらも、稲姫の言うことを聞き、後ずさる青姫。稲姫は「まったく……」とそんな青姫を呆れつつ、青姫と入れ替わるように神楽達の布団に近付いていく。
(……? 何をしておる?)
怪訝に思い問い質す青姫を無視し、稲姫は布団に手をかける。そして、振り返って青姫をちらりと見ると、笑顔で布団にするりと入り込み、神楽の左側を陣取った。
――しれっと場所を奪われていた。
ついにぷっつんした青姫の大声が天幕を越え、陣地内に響き渡るのだった。




