【第五部】第九十三章 昔のように
【時は戻り現在】
――本陣後方・とある天幕――
「あ~! あったあった! その後、琥珀の力を俺も使えるようになって、熊の死体を二人で持ち帰ったっけ?」
「そしたら、春に怒られたにゃ。褒めて欲しかったのに、『危ないでしょ!?』って、二人して怒られたにゃ。お尻ペンペンなんて、生まれて初めてされたにゃ……」
琥珀と思い出を語り合い、神楽はなんだかおかしくて笑い合う。涙はすっかり引っ込んでいた。
「その後、里でご主人と“縁結び”をしたにゃね。――ご主人。うちがご主人のはじめての相手にゃよ?」
「ああ、そうだったな。――こんな大事なことすら忘れるって、ほんとどうかしてたな……」
「ご主人は悪くないにゃ。“あいつら”が全て悪いから、今度あったら絶対叩き潰すにゃ」
「お、おう……。俺もあいつらは許さないわ」
琥珀は怒りで<闘気解放>している。すぐにおさまったが、おそらく無意識だろう。神楽は少し腰が引けながらも、“マスカレイド”やS―01を許す気は無いので同意する。
「その後は、青姫ちゃんが仲間になって、それから蛟が仲間になって……稲姫ちゃんが仲間になったにゃね。ほんと、色々あったにゃあ……」
「琥珀にはいつも苦労をかけて悪いと思ってる。他の皆にもだけど」
何度目になるかわからぬ謝罪。だが、琥珀は笑い飛ばす。
「さっきから謝りすぎにゃ。謝って欲しくて昔話をしたんじゃないにゃよ。――ご主人、気負いすぎにゃ。うちもご主人も、元々弱かったにゃ。狼や熊相手にビビって泣いたり逃げ出すくらいに弱かったにゃ」
「だなぁ。強くなって、いつの間にか傲慢になってたんだろうな。俺なんか、皆からの借り物の力だってのに……」
「むぅ……。卑屈禁止にゃ! 大事なのは、みんなで助け合って色んな困難を乗り越えてきたってことにゃ!!」
「わ、悪い……」
今日は怒られてばかりだと、神楽は眉尻を下げしゅんとする。だが、琥珀はそんな神楽の姿を見て嬉しそうに笑う。神楽としては少しムッとしてしまう。
「――なんだよ?」
「にゃはは! しゅんとしてるご主人が懐かしくてにゃあ……」
琥珀はひとしきり笑った後、神楽に頭を下げる。
「ごめんにゃ」
「――へ? いや、別にいいって」
「違うにゃ。今回、うちがこんなになったのは、無理して逃げなかったからにゃ。うちの攻撃が思ったように敵に通らなくて、悔しくてムキになって戦い続けたにゃ」
「流石は鬼だったな。硬かったなぁ……」
神楽はうんうんと頷くが、琥珀は思うところがあるのだろう。目尻に涙をためる。
「でも、青姫ちゃんは何体も倒してたにゃ。簡単そうに」
「そりゃ、相性はあるだろ。牛鬼は魔法が通りやすかったからな」
思ったままを告げる神楽だが、琥珀は頷かない。
「まだ鬼月でもない鬼相手にこれじゃ、うち、まともに戦えないにゃ! 皆に置いてかれちゃうにゃ……」
「お、おい。気にしすぎだって……」
ついに琥珀が泣き出してしまった。両手で目をこする琥珀の背中を神楽は優しく撫で続けた。琥珀が、こてんと神楽の胸元に顔を埋める。
「うち、もう昔みたいに弱いのは嫌にゃ……! ご主人や皆に置いて行かれたくないにゃ……!!」
「バカだなぁ……。さっき自分で、『みんなで色んな困難を乗り越えてきた』って言ってたじゃんか」
顔を上げて神楽の顔を見つめる琥珀の顔は涙や鼻水でぐしょぐしょだった。神楽は親指で琥珀の目にたまった涙をぬぐう。
「俺なんか、ついこの間まで仲間内では最弱だったじゃんか。今は力を取り戻してる――というか、みんなから力を分けてもらってるだけで」
「でも、今のご主人、強すぎにゃ! 置いてかれたくないにゃ!!」
「置いていきやしないよ。ほんと、バカだなぁ……」
「お荷物は嫌にゃ!!」
「しかし、こればっかりはなぁ……。――よく考えたら、俺って結構ズルいよな?」
「ズルすぎにゃ! 少しはうちらにも力を分けるにゃ!!」
「あはは! ――でも確かに、そうできたらいいんだが……」
琥珀に言われ、確かにと神楽は頷いてしまう。そんな神楽を見て、琥珀はふっと笑い、神楽の胸板にこてんと額をつける。
「なんだか、悩むのがバカらしくなってきたにゃ……。でも、うち、もっと強くなりたいにゃ」
「蛟に聞いてみるか?」
「流石に蛟でも、聞かれたら困ると思うにゃ。――でも、聞いてみたいにゃ」
「そか。じゃあ、もう少し休んだら一緒に聞いてみよう。俺ももっと強くなりたいしな」
「ご主人はこれ以上強くならなくていいにゃ!!」
「あはは!!」
近くにある布巾で琥珀の顔をぬぐおうとしたが、琥珀はハッとしたように慌てて布巾を受け取るとそっぽを向いて顔を布巾でごしごしする。
「じゃ、もう少し休め」
「わかったにゃ……ご主人も入るにゃ」
「いや、邪魔だろ俺」
「そんなことないにゃ。抱き枕にゃ♪」
「そうか……実は、俺も泣いたら眠くなってきたわ……」
布団に招かれ、神楽は琥珀の横に寝転がる。すると、嬉しそうに琥珀は神楽に抱きつき、昔のように二人してグッスリ眠りにつくのだった。




