【第五部】第九十ニ章 【琥珀・過去編】⑨
――里・神楽の家――
「カグラ」
「うん? どうした琥珀?」
「カグラはどうして“まそ”をあつかえる?」
「ああ。うちの一族は、仲良くなった妖獣の力を使えるんだ。これは、狐の女の子の力だよ」
そう答えながら神楽は指の先から小さな炎を出してみせる。少し照れくさそうに、空いている方の手で頭をかきながら。
――ちょっと……いや、かなり気に入らない。
「むぅ……。その女の子、だれ?」
「えっと……一年前に一緒に遊んでた子で……って、いいだろ? おしまい!」
「お兄ちゃん、照れてる~♪」
「むぅ!」
「あらあら。琥珀ちゃん、やきもち焼いてるのね♪」
楓と春が面白そうに入ってきて茶化すが、自分はちっとも面白くない。
「その子と会う!」
「いや、遠くにいて会えないんだ……。向こうに行くのは、後三年後かな……」
そう言う神楽はちょっと寂しそうだった。
――それも気に入らない!
「カグラ! おさんぽ、行く!」
「――え? ちょ! わかったから引っ張るなって!!」
「あらあら。二人とも、気をつけてね♪」
口元に手を当てころころと楽しそうに笑う春に見送られ、神楽を連れて家の外に出た。
◆
――近くの山中――
「お~い! 勝手に里の外に出たら怒られるって!」
「カグラ、よくそうしてる!」
「――うぐっ!? 琥珀も言うようになったな……」
神楽を連れて、自分が住んでいた山の中へと足を運ぶ。あそこには、神楽との素敵な思い出がある。川で魚を釣って食べさせてあげれば、きっと自分のことを好きになるだろう。
神楽に喜んでもらいたい一心だった。
神楽は小さくため息をつきながらも、「仕方無いな」と言いながらも笑ってついてきた。
◆
――川辺――
「つりざお! 貸して!」
「はいはい。――ほら」
川辺に着くと、早速釣りを始める。神楽はこうなることがわかっていたように、釣りの一式を用意していたみたいだ。自分に手渡してくる。
それを受け取り、ご機嫌に釣りを始めた。
「みゅ~…………にゃっ!」
「おお! だいぶ上手くなったな!!」
しばらく魚を釣り続けた。桶には、魚がもう何匹も入っている。持ち帰るのは手間だが、春や楓にあげる分もある。
神楽は自分の釣り上達を拍手してほめている。
それが誇らしく、胸をはってドヤ顔を決めてみせる。
そうして、しばらく釣りをしていた所、“ソレ”は現れた。
(――っ!! 琥珀! ヤバい! “クマ”が出た!!)
「みゃあ!?」
神楽が、慌てたように自分の耳元に手を当ててコショコショ話をしてくる。振り返り神楽が指差す先を見ると、大きな熊がノソノソと森の中から歩いてくるところだった。
まだこちらに気付いてはいなさそうだったが、驚いて、思わず大きな声を上げてしまった。熊はこちらに気付いたようで、ノシノシと向かってきた。
「あ……ヤバいわ、これ。――琥珀。お前は逃げろ。適当に相手したら、オレもすぐ追いかけるから!」
「いっしょに逃げるにゃ!!」
神楽の袖を引っ張るが、逆にトンと手のひらで押される。ふらついて尻餅をついてしまう。
「いいから行けって! ――もしオレがダメになったら、迷わず里に逃げろ。猫化して枝伝いに行けば、逃げられるだろ」
「イヤにゃ!!」
神楽は涙目だった。本当は怖いのだろう。でも、気力を奮い立たせて囮になろうとしていた。
そうこうしてる間にも、熊は近付いてきている。神楽は意を決して、熊に炎の玉をお見舞いする。
「こっちだ!」
川辺は小石ばかりだ。熊の足元に炎の玉が着弾しても、直ぐ様消える。
だが、熊の気を引くのには十分だった。
「ゴアァ!!」
「ひぃ!?」
そこから、熊が神楽に向かい突進していく。神楽はベソをかきながらも、自分から離れるように遠くに走って行く。
――ドクン、ドクン……。
自分の心臓の音が、かつてない程大きく聞こえる。
神楽を守らなきゃ。でも、怖くて足がすくむ。
――そんなこと言ってる場合じゃない! でも、自分には熊と戦う力なんて無い。
一瞬の間、葛藤している間にも、熊が神楽に急接近する。
「ク、クソッ! ――ああっ!?」
神楽は、炎の玉で応戦しようとするも、緊張からか、狙いが定まらず、熊に当てられなかった。
そして、足をもつれさせて転ぶ。熊は、しめたとばかりに、神楽の間近に急接近し、それまでの四足歩行から両腕を上げて立ち上がった。神楽に熊の影が落ち、どう見ても絶対絶命だ。
――それを見た自分の内側で、扉の開く音が鳴った。
「やめるニャ!!」
いつの間にか、無我夢中で走り、神楽と熊の間に入っていた。両手を広げて立ち塞がる。
かつて、長老が神楽をぶとうとした時と同じだった。違うのは、その神速のごとき移動力。
「ゴア!?」
いつの間にか、瞬間移動もかくやという速度で自分の目の前に現れた琥珀に驚き、熊が思わず後ずさる。
「あっち行くにゃあ!!」
無我夢中で跳躍し、熊の眉間を思い切り殴った。もちろん怖かった。――だけど、神楽を失う方がもっと怖かった。
自分はどうなってもいい。でも、神楽だけは助ける。そんな捨て身の一撃だった。
そして――
「――――ゴッ……!」
眉間に自分のグーパンを直撃で食らった熊は、ふらふらしつつ……やがて、前のめりに倒れ込んだ。軽く地面が揺れる。
警戒は絶やさず、熊をおっかなビックリ足でつんつんしてみる。動かなかった。死んでいるようだ。
もう安心だと言うように、神楽に振り返る。
――そして、自分の内側から自然にわいた言葉で神楽を呼ぶ。
「“ごしゅじん”。無事にゃ?」
「バカ! 逃げろって言っただろ!? ――って、へ? ご主人?」
神楽は泣きながら自分を怒ってすぐにキョトンとする。それが面白くて、腹を抱えて笑った。
――この日、自分は初めて力に目覚めた。




