【第五部】第九十一章 【琥珀・過去編】⑧
――里――
「ねぇ、ハル?」
「うん? なぁに?」
自分が神楽達と一緒に暮らしはじめてからしばらくした頃。春と夕飯の買い出しにお店を回った。今は、春と手を繋いで帰っているところ。ふと、気になっていたことを春に聞いてみる。
「“ごしゅじん”ってなに?」
「え? ――ああ。さっきの会話ね……」
先程、野菜屋で春が女の人と会話している時に「うちの主人が――」「そうなんですね。ご主人――」など、よくわからない会話をしていた。
ついそれが何かを尋ねたくなっただけなのだが、春の表情が沈んだ。
「…………」
「ハル?」
「――っ! ごめんなさい。ちょっと昔を思い出しちゃって……」
そう答える春は、無理して笑っているようだった。
「どこかイタいの? だいじょうぶ?」
「――えぇ。大丈夫よ。神楽も……楓も……それに今は、琥珀ちゃんもいてくれてるからね。寂しくないわ」
「えへへ♪」
春に頭をよしよしと撫でられた。とても気持ちよくて大好きだ。
「ご主人って言うのは……そうねぇ……“とても大切な人”ってことかしらね?」
「じゃあ、ハル……ご主人?」
自分がそう聞くと、春は嬉しそうに笑いつつも、首を横に振る。
「えっと……ごめんなさい。ちょっと言葉が足りなかったわね。――女の人が一緒に暮らす男の人って感じかしら?」
「じゃあ、カグラ、ご主人?」
「違うの。――もう直接的に言うわね? “伴侶”のことよ」
「ハンリョ?」
「そう。お互いを好きな男の人と女の人は、くっついてずっと一緒に暮らすの。で、子供を産んで子孫を残すのよ」
「ハルの伴侶は?」
「――だいぶ前に死んじゃった。旅団の任務中にね……」
それまで笑いながら話していた春が、またつらそうな顔になる。自分の投げ掛けた言葉が原因に違いない。慌てて春にあやまる。
「ハル。ごめんね? イタいの?」
「そうね。ちょっとだけ……。でもね、さっきも言ったけど、皆がいてくれるから寂しくないわ。――琥珀ちゃんにも、いつか好きな人が出来るといいわね」
「ハル、好き!」
「あらありがとう♪ ――でもね、伴侶は男の人から選ぶのよ?」
「そうなんだ。じゃあ、カグラ?」
「慌てて決めなくていいわ。これから先、自分が『この人と一緒になりたい』って、そう思えたらでいいの。うちのカグラはズボラだからねぇ……。もっと琥珀ちゃんに合う、素敵な男の人と出会えるかもしれないし」
春はいつの間にか、いつもの春に戻っていた。それからは春と他愛もない話をしつつ、手を繋ぎながら家へと帰るのだった。




