【第五部】第八十九章 【琥珀・過去編】⑥
山の中を子供と歩き続けると、辺りはすっかり暗くなっていた。そのうち明かりがいくつも見えてきて、そこが里なのだとわかる。
「みゃあ……」
「だいじょうぶだって。オレを信じろ!」
子供の服の裾をつまみながら、明かりの一つへと歩いて向かった。
◆
――“御使いの一族”隠れ里・神楽の家――
「ただいま~」
「神楽! またお前は里を抜け出して! ――って、その子は?」
「見ない子だね。お兄ちゃん……まさか」
「一人で寂しそうだったから連れてきた」
戸を開くと、家の中から女の人が二人現れた。慌てて子供の背に隠れる。
「あらあら。山道、大変だったでしょう? お夕飯にしましょう」
「お母さん、いいの!?」
「これも何かの縁でしょ。楓、手伝って」
「もう! 長老に怒られても知らないよ!」
「長老には明日話に行くよ」
「そうね。そうしなさい。――さ、あなたもいらっしゃい」
何を話しているのかはよくわからないけど、手招きされて子供にくっついて行った。
椅子に座ると、しばらくしてごちそうが運ばれてきた。思わずかぶりつこうとすると、子供に止められた。
「みんなで一緒に食べ始めるの! もう少し待ってな?」
「みゃあ~……」
うらめしげに睨むが、子供は全く気にせず準備を手伝っていた。やがて、食事を運び終えたのか、皆が席につく。
「「「いただきます!」」」
皆が手を合わせているので真似てみる。そして、皆が食べ始めたのでソワソワと子供を見た。
「いいよ。好きなだけお食べ」
「みゃあ♪」
さっそく野菜の入ったスープに舌をつっこみ――火傷した。
「みゃあ!?」
「おいぃ!? なんも成長してねぇ!!」
「み、水持ってくるわね!」
「だいじょうぶ!?」
水の入った器を手渡され、舌を冷やした。
「今日はじめて人化したらしくて」
「それを早く言ってよ!」
「あらあら。じゃあ、食べやすくしてあげるわね?」
ふーふーと息をふきかけ適度に冷ました野菜スープや、具をごはんの中に入れたおにぎり、骨を抜いた焼き魚などが出てきた。
手で持ち食らいつくと、どれもとても美味しかった。
「みゃあ♪」
「あらあら。喜んでもらえてよかったわ」
「いいか? 人に嬉しいことをしてもらったら『ありがとう』って言うんだ」
「あ、りがと……?」
「どういたしまして♪」
たどたどしいながらも、今覚えた新しい言葉を話す。すると、みんなが笑顔になった。それが嬉しくて、何度も繰り返した。
「ありがと! ありがと! ありがと!」
「お礼は一度でいいんだよ。――ほら、これもうまいぞ?」
子供がさじでよそった料理を自分の口元に差し出してきた。
「みゃあ!?」
「匙ごと食うなって! 中身! 中身!」
「もう! まだ慣れてないんだから気をつけなさい!!」
「オレ!?」
「今のはお兄ちゃんが悪い!」
また笑い声が起こる。よくわからないけど、それが嬉しかった。
「みゃあ!!♪」
そうして、自分は子供の家に一緒に住むことになった。




