【第五部】第八十八章 【琥珀・過去編】⑤
――川辺――
「――へ? “しんじゅう”?」
子供が呆然としたように自分を見て言う。そんなことより魚を釣ってみたく、子供に催促する。
「さかな」
「あ、あぁ。竿をこう持つんだ」
子供は自分の背後にまわり、自分の手を包み込むように竿を一緒に持った。
――温かかった。それが心地よかった。
ヒュッと釣り針を岩場の陰に投げ入れる。しばらくすると、竿がしなった。
「みゃ!?」
「いいか? 釣りは駆け引きだ。負けないように引っ張りあって……こう!!」
子供がクン!と竿を引くと、パシャッと音を立てて魚が水の中から出てきた。
嬉しくて、すぐにかぶりつきたくなる。
「ちょ! 針があるから危ない!!」
子供は急ぎ魚を釣り針から外した。そして自分に手渡す。いつものように、魚に食らいついた。
が――
「みゃ!? みゃあ!?!?」
「骨が喉にひっかかったのか!? み、水!!」
人の身体に慣れてなく、小骨を喉にひっかけてしまう。痛みに苦しんでいると子供が皮袋を差し出してきたので、急ぎ中の水を飲む。
「んくっ……んくっ……んくっ……ぷはっ」
「はぁ~……ビックリしたぁ」
水で流し込み、なんとか事なきを得た。子供もホッと胸を撫で下ろしている。
「あんま人の身体に慣れてないのか?」
「はじめて」
「そ、そうか。なら仕方ないな……。じゃあ、練習しておくか」
そう言うと、子供は魚を何匹か釣り、そこら辺にある木と石で火をおこす。そして、魚を串にさして焼き始めた。
香ばしい匂いが食欲を誘う。子供から手渡され、早速焼き魚にかじりついた。
「みゃあ!?」
「ちょ――――っ!? 熱いから冷まして食べるの!! さすがにそれくらいはわかると思ったよ!?」
熱くて驚く。舌を火傷してしまった。子供が慌てて差し出した皮袋の水で冷やした。
「まったく……あはは! 面白いやつだな!!」
「みゃあ!!」
子供が腹を抱えて笑いだす。それにグーパンで軽く肩を叩き抗議すると、子供に焼き魚の食べ方を教わり一緒に食べた。
◆
「みゃあ~……」
「あ~。おいしかった。――と。そろそろ日も傾いてきたな。帰らないと」
魚をたらふく食べて満足になり大の字に寝転がると、子供が夕陽を見て『帰る』と言う。
――急に寂しくなり、思わず子供の着物の裾をつかんでしまう。
「みゃあ……」
「ん? ――お前、一人なのか?」
「みゃあ」
「そうか……なら、いっしょに来るか?」
――迷った。この子供とは一緒にいたいが、他の人間は怖かった。思わず、子供の服を離してしまう。
子供は屈託なく笑った。
「だいじょうぶ。うちの里には、お前以外にも“ようじゅう”はたくさんいる! いじめられたりしないよ」
迷いながらもうなずいた。たった一日のことだけど、この子供のことはすっかり信用するようになっていた。
「行こう?」
子供が立ち上がり、こちらに手を差し出してくる。その温かい手を取り、一緒に里へと向かった。
それが、ひとりぼっちの野良猫だった自分の運命が変わった日の出来事だった。




