【第五部】第八十六章 【琥珀・過去編】③
――とある山中――
「こら~! 待て~!!」
待てと言われて待つバカはいない。子供が必死に追いかけてくるが、猫である自分の方に分がある。
雛鳥をくわえたままピョンピョンと木の枝から枝に跳び移っていく。子供はそこまでの身体能力は無いのだろう。木から降りて地面を走っていた。
なかなか足が早い。子供のくせに。
「返してくれたらいいものあげるから!!」
雛鳥が食べたい。だから要らない。ガン無視して逃げ回る。
「もう! お魚あげないぞ!?」
思わずピタリと足を止める。
(――さかな!?)
子供の方を見ると、カバンの中から何かをガサゴソして取り出した。それは、串が通った魚だった。
「ほら! 川魚の燻製!!」
(う~ん……)
子供はドヤ顔で見せ付けながら言うが、新鮮な雛鳥の方が魅力的だ。迷ってしまう。でも、魚をとるのは大変だ。アレも欲しい。子供の持つ魚の燻製をじっと見つめる。
子供は交渉に失敗したと悟ってか、焦ったように付け加える。
「じゃ、じゃあ! 今から魚を釣るからそれもあげる!!」
子供は、その辺に落ちてる枝を拾い、慣れた手つきでカバンから出した糸や針をつけてみせる。みすぼらしいが、即席の釣竿らしい。
(なんにゃ、この子供は……)
こんな子供、初めてだった。妖獣となってから人の言葉はある程度わかるようになった。だから子供の言ってることはわかるけど、なぜそこまでするのかがわからない。
――でも、なんだかおもしろそうだ。
ただそれだけの理由だった。ただの気まぐれだ。木から降りて、釣竿を振って調子を確かめている子供に歩み寄る。
「お! “こうしょうせいりつ”だな!!」
子供は嬉しそうに笑いながら、魚の燻製を差し出してきた。
くわえた雛鳥をペッと放し燻製に食らいつく。雛鳥は地面をジタバタとし、子供はそれを大事そうに抱き上げた。
子供は自分が魚を食べるのを嬉しそうに見つめ、やがて食べ終わるのを見届けると拳を振り上げて元気よく言う。
「じゃあ、この子を巣に戻したら釣りな! しゅっぱぁ~つ!!」
そんな感じで楽しげに歩き出す子供の後ろを、少し離れて付いていった。




