【第五部】第八十五章 【琥珀・過去編】②
【新暦1070年】
――とある山中――
それは、いつものように、食糧を探しに山の中を歩き回っている時だった。
近くから、鳥の鳴き声が聞こえる。
鳥はごちそうだ。飛ぶから捕まえるのは大変だが、巣に雛鳥などいれば、最高だ。飛べなければ簡単に捕まえられる。
今日はついている。
そう思いながら、鳥の声のする方に向かっていった。
◆
「ダメだって! アッチいけ!!」
声のもとにだいぶ近付いた頃、人間の子供の声が聞こえた。思わずサッと木陰に隠れる。
人間は武器を使うから、子供と言えど危険だ。前にも遊び半分で子供達に追い回され、捕まらなかったものの、ひどい目にあった。
木陰からこそっと顔を出し、子供を見てみた。
子供は、右手に折れた木の枝を持って狼と相対していた。よく見ると、左手には鳥の雛がにぎられている。
賑やかな鳥の声は、近くの木からする。見てみると、木の枝に鳥の巣があり、他の雛鳥がピーチク鳴いている。親鳥は困り果てたように、巣の周りを飛び回っていた。
どうやら、一羽、巣から落ちてしまったのを狙いに狼が来たようで、それを子供が先に奪ったようだ。
要は、食糧の奪い合いだ。どうやら先客がいたらしい。人間と狼相手じゃ、自分が加わったところで勝てないだろう。
――だけど、もしかしたら、隙を見て奪えるかもしれない。戦いが目的ではない。雛鳥を食べられたらいいのだ。
なので、しばらくこのまま様子を見守ることにした。
◆
「グルルルルル…………ッ!」
狼が心胆さむからしめる低いうなり声をあげる。それを向けられる子供は泣きそうだ。いや、既にベソをかいていた。
それでもどうしても雛鳥を食べたいのか、狼に渡す気配はない。大事そうに左手で胸に抱いている。
このままでは子供ごと狼のエサになるのは目に見えていた。過去にも人間の子供が狼に殺され食べられるところは何度か見てきた。
今回もそうなると思ったのだが――違った。
子供は、どうやってか、木の枝の先に炎の玉を作り出した。
「あっち行けったら!」
子供が木の枝を狼に向けると、炎の玉は狼の足元に着弾する。軽くかすったようで、狼が悲鳴を上げた。
「――キャン!?」
「早く行けったら!」
それから何度か子供が炎の玉を作り出しては飛ばすと、これはたまらないと思ったのか、狼がそそくさと逃げ出した。
普通の狼だったからなんとかなったものの、妖獣や神獣だったらまず助からなかっただろう。
だが、“魔素を直接扱う”人間なんて初めて見た。神獣になった自分にもできないのにと、その子供がうらやましかった。
でも、今は雛鳥だと意識を切り替える。
子供がいざ食べようと口元に持っていく瞬間を狙おう。隙をついて奪って逃げれば、なんとかなるように思えた。逃げ足には自信があるのだ。
だが、子供は雛鳥を食べようとしなかった。そればかりか――
「はい。もう落ちるなよ?」
木に登り、そう言って雛鳥を巣に戻した。
――意味がわからなかった。
はじめは巣ごと奪うつもりかと疑ったが、逆に雛を戻すなんて意味がわからない。
――あんなに美味しそうなのに!
だから、自分は――
「ああ~~!? 嘘だろぉ!?」
「ピ!?」
「ピィ!?」
素早さを生かしてササッと木に登り、子供の目の前で巣から雛を一羽くわえて逃げ去った。子供と雛鳥、親鳥が悲鳴を上げるが知ったこっちゃない。
木の枝から木の枝に跳び移り、雛鳥をくわえたままさっそうとその場を去って行った。




