【第五部】第八十三章 琥珀
――本陣後方・とある天幕――
「…………ん」
琥珀は、ふと目を覚ます。辺りは暗く、見つめる先は一面何かの布で、ここが自分の知らない場所だと悟る。
――左手が暖かい。
顔を横に向けてみると、誰かが自分の手を両手で握っていた。
琥珀には、それが誰かすぐにわかった。
「ご主人……?」
琥珀の声にピクリと反応するも、神楽は顔を上げて琥珀と顔を合わすことができなかった。
それを不審に思った琥珀が、俯く神楽の顔を覗き込もうとする。だが、ふと動きを止めて神楽に優しい声をかける。
「ご主人の涙、久しぶりに見た気がするにゃ……。――心配かけてごめんにゃ?」
「あやまらなきゃ……いけない、のは……俺だ。俺が考えなしに二人を巻き込んで、傷付けた」
神楽のたどたどしい返事を聞いて、琥珀は神楽に何があったかを正確に理解する。
「青姫ちゃんのこと、嫌いにならないで欲しいにゃ……。青姫ちゃんは、心配性で、仲間想いで――優しい女の子にゃ」
「俺が、青姫に叱られたってわかるのか……?」
思わず神楽は琥珀を見た。琥珀は、仰向けに天井を見つめたまま、静かに語る。
「だって、ご主人、しんみりし過ぎにゃ……。ふてぶてしいご主人が言われて堪える相手なんて、仲間内くらいにゃ」
「ふてぶてしいは余計だ」
ここに来て、琥珀が起きてから初めて二人で笑った。
「稲姫ちゃんは困ったように一緒に泣くにゃ。蛟は叱ることもあるけど、どちらかと言うと“気付かせて見守る”タイプにゃ。――ご主人?」
話を聞いている途中で、再び神楽が黙り込み泣き出してしまった。琥珀は、その気配を感じても、神楽が泣かれる姿を見られるのを嫌うだろうと、そのまま天井を見つめ続けた。
しばらくして、鼻をすすり息を整えて神楽が答える。
「いや、青姫から『もっと仲間を見てたもれ』と“お願い”されてな……。青姫も琥珀も――稲姫も蛟もだろうな……皆がそれを出来てるのに、自分だけが出来てないのが情けなくてな……」
神楽が素直に思いの丈を告げると、琥珀は考えながら、ゆっくりと言葉をつむぐ。
「ご主人は記憶を失――ってたとかは、青姫ちゃんもわかった上で言ってるにゃね……。だから、“これから”そうして欲しいって話にゃね。――過去は過去。これからはこれから。ご主人は抜けてるところはあるけど“優しい”から、きっとできるにゃ」
「優しい奴は、しっかり皆を見てるだろ……」
「それだけが優しいって訳じゃないにゃ。――誰かのために泣ける人を、うちは優しいって思うにゃよ」
そうして、初めて琥珀は横を向いて神楽の顔を見た。
そして、笑いながら神楽の目元の涙を指でぬぐう。
「情けないな、俺……」
「情けなくなんてにゃいにゃ。――ご主人。うちと初めて会った時のこと……覚えてるにゃ?」
「ああ。――いや、さっき思い出した。青姫に叱られてる時に」
「にゃはは。それは、タイミング悪かったにゃね~……」
そう笑いつつ、琥珀は昔の想い出について語りだすのだった。




