【第五部】第八十一章 富央城攻略戦⑰
――本陣後方・離れの天幕――
青姫は神楽と椿を連れ、離れた天幕へと移動した。未だ泣くイワナガヒメはレイン達に預けて来た。
いつもは場を賑やかす青姫が無言で歩く様は、神楽にはおそろしかった。――どれ程の怒りを溜め込んでいるのだろうと。
椿は戦場にいる味方が心配なのか、ソワソワしている。だが、空気を読んでただ黙って付いてきていた。
そして、無人の天幕に青姫が入る。中は無人だったが、明かりが灯っていた。前もって誰かが付けておいてくれたのだろうか。
青姫は、神楽と椿が天幕の中に入ったところで、二人と向き合うように振り返る。
――その顔は、勘違いしようも無い程、ただただ激怒をたたえていた。
◆
「二人には、言っておきたいことがあるのじゃ」
青姫は、今にも爆発しそうな感情を無理矢理抑え込むように、ゆっくり静かに語りだす。
神楽と椿は黙ってうなずいた。青姫が椿をねめつける。
「椿とやら。敵の戦力は、話に聞いていたよりも余程強大じゃったが?」
「……嘘はついていないつもりだ。天守閣には、牛頭や神獣、小鬼がいることは――」
「たわけ!! ごまかすでないわ!! その規模の話をしておる!!」
淡々と答える椿の回答を大喝して遮り、青姫はもう我慢ならんとでも言うように椿に激情をぶつける。
「『牛頭を倒せば、後はそれ程でもない』!! 『神獣はやっかいだが、たいした数じゃない』!! 会議の場での其方の発言、わらわはしかと記憶しておるわ!!」
「………………」
青姫がそう指摘すると、椿は黙り込む。神楽は、見ていられずにフォローに入ろうとする。
「青姫。前情報よりも敵が増えていただけかもしれ――」
「神楽。いい。――すまなかった」
だが、それを遮り、椿は謝罪した。――青姫に頭を下げながら。そして――
「皆を安心させるために、たいしたことはないと見栄を切った。今我らが置かれているのは、紛れもない窮地だ。富央城を奪還出来なければ、我らの命運はそれまでだからな。――神楽やお前達を危険にさらすことを承知で、反対意見が出ぬようこの戦に臨むよう仕向けた。――全て私の企みだ」
椿がそう白状した。神楽は、余裕さを見せていた椿がそこまで追い込まれていたとは思っていなかったので、急な自白に狼狽えてしまう。
だが、それを聞いて青姫の追及はさらに激化した。
「謀ってよいことと悪いことがあろうが!! ――確かに、進んで付いてきたわらわや琥珀にも落ち度はあろう! じゃが! 敵の戦力をきちんと共有しておれば、戦力の出し惜しみなどせずに蛟を連れてきた!! 仲間の被害を可能な限り抑えるのが指揮官という者じゃろうが!!」
神楽も椿もぐうの音も出ない青姫の正論だった。神楽と椿が黙って俯いていると、青姫の怒りの矛先は神楽に向いた。
「我が君も我が君じゃ!! 牛頭を倒したら、さっさとこやつを連れて逃げればよかったのじゃ!! 何故にとどまり、敵の殲滅に固執した!?」
「謝ってすむことじゃないが……最上階で下から上がってくる敵の相手をしていた俺には、天守閣の中にそれ程多数の敵がいるのはわからなかったんだ……。でも、二人との合流を最優先すべきだったと今では反省してる。敵を殲滅するにしても逃げるにしても、一緒にいた方がよかった。――すまない……」
「神楽は悪くない。私が巻き込んだ。――すまなかった」
神楽と椿は、自分が悪かったと青姫に頭を下げる。だが、青姫は、とうとう感極まってしまったのか、泣き出してしまった。
「琥珀が頑張り過ぎるくらいに頑張り屋なのは、我が君だってわかっておるじゃろうに!? いつだって、我が君の力になりたい、横に立っていたいと、無理して励んでいることすら忘れてしまったのかえ!?」
神楽はハッとして顔を上げる。青姫は、泣きながらも神楽を睨んでいた。
「我が君が奴らに記憶を封じられたことはわかっておる。――でも、これだけは忘れないで欲しかった。忘れていても思い出して欲しかった。――すまぬ。無茶苦茶ゆうておるな。わらわから二人に“お願い”じゃ。――もっと、“仲間を見て”たもれ……。でないと、わらわは背中を預けられん」
青姫はそう言い残すと、神楽達の返事を待たずに天幕を出て行った。
神楽はそんな青姫の背中を追うことができなかった。今しがたよみがえった記憶に戸惑い、琥珀や青姫への罪悪感に打ちのめされ、その場に立ち尽くしてしまった。




