【第五部】第七十五章 富央城攻略戦⑪
――富央城・天守閣――
富央城の天守閣最上階には廻り縁――ベランダのようなもの――があり、神楽は椿を抱えながら静かに降り立った。
部屋の中には、牛頭だろうか? 大きなイビキをかいている者がいる。
ここまで、あっさり過ぎる程に何の妨害も無く来られた。鬼共が寝静まる朝方とは言え、神楽は警備のザルさに呆れてしまう。
青姫と琥珀は一緒には降りず、さらに下へと向かった。琥珀を天守閣入口近くに降ろすつもりなのだ。入口にも妖獣の見張りはいなかった。空からの襲撃を全く警戒していないのだろう。青姫も呆れていた。
何はともあれ、これは絶好のチャンスだと、神楽はほくそ笑む。椿と顔を見合わせ、神楽は両開きの戸に手をかけた。
◆
――キィ……ッ
木製の戸を開ける。――が、わずかながら音が鳴る。神楽は自分の心臓がかつてない程バクバクいうのを感じる。
迷ってはいられないと、急ぎ、戸の隙間から部屋内に入り込む。椿もすぐに入り込み、戸を静かに閉めた。
部屋の奥には、未だ目を覚まさない巨大な体躯の神獣が、気持ちよさそうにグースカイビキを立てながら仰向けに寝ている。牛頭だろう。椿に教えてもらっていた特徴とも一致する。牛頭の右側すぐ近くには、こん棒が置かれていた。
他の妖獣はおらず、部屋は灯りもなく薄暗い。寝込みを襲う絶好のチャンスだった。
(私がしかける。周囲の警戒を)
(わかった)
神楽と椿は<護符通信>で会話をしている。<念話>のようなもので、実際には声は出ていない。
神楽がアーティファクトで<念話>を使ってもよかったのだが、それだと椿から神楽にはつなぐことが出来ないので、今後の事も考えて神楽も護符をもらって使うことにしたのだ。
椿に教えてもらった呪文を唱えるだけで、神楽にも驚く程簡単にできた。一度効果を発動させてしまえば、護符を手に持っていなくてもしばらくは発動していられるらしい。なんとも便利な代物だった。
椿が静かに牛頭の方へと近付いていく。逆に神楽は、他に敵がいないか部屋内を観察し、階下につながる階段に意識を向けた。
幸い、他には誰もいない。事は簡単になると思われた。
だが――
◆
椿が刀の柄に手を添え、深く腰を落とし居合い抜きの構えを取った。牛頭まではまだ距離があったが――
不意に牛頭が横に転がる。気付いた椿が目を見開き鯉口を切る。
――妖刀一閃。
まだ椿と牛頭との間に距離はあったが、刀から何かが迸り、牛頭の左腕を斬り飛ばした。鮮血が舞う。畳はザックリと抉れている。
だが、牛頭は残る右腕でこん棒を拾い上げ、椿に向かい立ち上がっていた。
「グヌゥッ!? またお前か!!」
「ちぃっ!! ――神楽! こいつ、気付いてた!!」
椿の妖刀村正と牛頭のこん棒が激しくぶつかり合う。咄嗟の事態だが、神楽は直ぐ様<肉体活性>し、牛頭の左側へ瞬時に詰め寄った。
警戒はしていただろうに、牛頭の表情が驚愕に歪むのがわかる。神楽は両腕で神槍グングニルを握りこみ、牛頭が腕を失った左の肩口に向け、槍を突き入れた。
牛頭が慌てて後ろに下がり、槍は牛頭の胸板をかすめ肉を浅くエグるにとどまる。
「――っ!? なんだコイツは!?」
牛頭が戦々恐々としながら神楽の方を向くも、即座に椿が追撃に踏み込む。神楽の槍の下を潜るように、低く身体を沈ませた。
「不易神薙流、壱の太刀――」
椿は前屈みになり、いつの間にか、またもや居合い抜きの態勢を取っている。神楽は椿の身体に凄まじい程の気が漲るのを感じ取った。
「<桜華一閃>っ!!」
椿がそう叫び妖刀の鯉口を切ると、真一文字に横凪ぎした。
今度は神楽の目にもハッキリ見える程の強烈な真空波が、背後の部屋の壁ごと牛頭の胴体を断裂した。
鮮血を激しく撒き散らしながら、支えを失った牛頭の上半身がボトリと床に落ちる。
「お、の、れぇ~……っ!!」
牛頭は忌々しげに椿を見上げながら睨んでいた。下半身と泣き別れしたというのになんて生命力だと神楽は戦慄する。
「苦しませて殺してやりたいが、後がつかえているのでな。――さっさと死ね」
「――ぃがっ」
椿が再度刀を振るうと、牛頭の頭が左右に別れる。最期に牛頭から変な音がもれた。そして、椿は刀を振って血糊を飛ばし、納刀する。
(頭蓋骨を刀で両断って何!? ――俺、要らなかったんじゃ……?)
神楽がそう思う程の圧倒的な椿の強さだった。神楽が(椿をからかうのは程々にしないとな)と自戒をしていると、階下の方から声が上がる。
「牛頭様! どうされましたか!?」
神獣達だろう。それが牛頭の怒鳴り声を聞いてようやく奇襲に気付いたのだ。ドタバタと階段を駆け上がってくる音が多数。
「さて神楽。このまま廻り縁から飛んで逃げてもいいが、せっかくだ。出来る限りここにいる奴らを殺して行くぞ。その分、他の皆の負担が軽くなるからな」
「あ、はい……」
殺意に満ちた目をした椿にゾッとした神楽は二の句を継げず、椿と並び立ち、階下から向かい来る憐れな神獣達を迎え撃つのだった。




