【第五部】第七十四章 富央城攻略戦⑩
――富央城近隣の上空――
時を遡ることしばし。神楽達奇襲部隊は、神楽が椿を、青姫が琥珀を抱えて空を飛びながら天守閣に向かっていた。
敵の迎撃を警戒してなるべく高度を取ってはいるが、警備がザルなのか、気付かれてもいないようだった。
「奴らは我々を侮っているのだ。城を奪い返しに来る戦力など、もはや残されてはいないとな」
「だが、それで事が楽に運ぶなら全然歓迎するけどな。警戒されてやりづらいよりよっぽどいい」
「違いない」
妖獣に侮られて悔しがる椿だったが、神楽がそう言うと、面白そうに笑う。
「そう言えば、その槍はかなりの業物と見るが、西にはそんなものが売っているのか?」
神楽が背負う槍をなんとはなしに気にして椿はそう尋ねるが、とたんに神楽の顔色が変わった。「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりに目がキラキラと輝く。――思わず椿が引くくらいに。
「よく聞いてくれた。この槍はな――」
「あ、あぁ~……悪かった。やっぱり、それは戦に勝ってから聞くとしよう。うん。その方が落ち着いて聞けるしな」
「そうか……そうだな。後でじっくり話すことにしよう」
(しまった!)と椿が思う頃にはもう遅い。神楽の武器自慢はもう確定事項になってしまっている。
(こやつ、普段は物事にあまり感心無さそうなのに、何故槍にはご執心なのだ! ――まぁ、生き延びた後の話をするのも悪くない、か)
椿はなんだかそれがおかしくて、クスリと笑みをこぼす。今から敵陣に突っ込むとは到底思えない呑気さが面白かったのだ。神楽がそんな椿を怪訝そうに見る。
「どうした?」
「い~や、なんでもない。お前といると飽きないなと思っただけだ」
椿が楽しそうに笑うと、神楽も表情をほころばせた。
(緊張しているよりはよっぽどいいか。――だが、もうそろそろか……)
目的地の富央城天守閣まで、だいぶ近付いた。
「椿。そろそろだぞ」
「――わかった」
神楽が言うと、椿は両目を閉じ、静かに息を吐き出す。そして、次に目を開けた時には、“戦士の顔”になっていた。
(オンオフの切り替えが凄いな……流石と言うべきか)
神楽は自分の少し後方を飛ぶ青姫と、青姫に抱えられている琥珀と軽く目会わせしてうなずき合うと、静かに天守閣へと向かっていくのだった。




