【第五部】第七十一章 富央城攻略戦⑦
――富央城内・正門近く――
角笛の音が富央城内に届く頃、やっとのことで城内の妖獣達は異変に気付き始める。
三の丸にある屋敷のあちこちから妖獣達が姿を現し、事態を把握しようと物見櫓に向かったり、別の屋敷にいる他の妖獣との合流を図ろうとする。
早朝なので鬼達は寝入っていたが、聞こえ来る角笛に無理矢理叩き起こされた形になる。足取りもおぼつかない者が多く、急な事態に頭が付いていけていないようだった。
そんな慌ただしさ漂う三の丸にある正門近くの屋敷。
忍の集団が時を伺い身を潜めていた。つい先程、屋敷の住人だった妖獣達の眠っているところに音も無く忍びより、首をかっきり全員殺した後、その骸は土間に積み重ねるように投げ捨てていた。
(頭領。もうすぐ彩乃様達が正門前に到着する)
(はいは~い♪ じゃ、正門を開けにいくわよ~)
<護符通信>で屋敷にいる忍の一人に報告が入る。戦時にも関わらず陽気な返事をしているが、この女こそが正門を城内から開ける重要な任をたまわった忍部隊の頭領である霞だった。
歳は今年ちょうど三十を回ったところだが、未婚。付き合った男は今までに何人かいたが、その独特な性格に付いていけずに離れていく者ばかりだった。
『忍は任務に生きるのよ~!』と泣きながら別の忍部隊頭領の長門に絡み酒する姿は哀れをもよおし、忍の中でこれを茶化すのは暗黙の了解で御法度とされている。
性格に癖はあるが、頭領を任されていることからもわかるように、能力の高さは確か。数年に及ぶ妖獣との戦を長門の部隊と共に影から支え続けてきた立役者でもある。
鼻歌を歌い出しそうなご機嫌さで任務開始を部隊員に告げ、自身も部下を伴い、行動を開始する。
◆
霞は懐から護符を取り出すと、指で挟み、障子の破れからピッと遠くに投げ放つ。
(<陰・水行・霧隠し>)
霞が護符に呪文を<護符通信>で送ると、遠くに投げ放った護符から、たちまち濃霧が発生する。
護符は通常、実際に声に出して呪文を唱えるが、忍部隊の扱う護符は特別製である。
『忍よ? しのぶから忍なのに、声を出しちゃ見つかっちゃうでしょうが! 声出さずに使えるようにしてよ~』
――という霞の法明への絡みで実現したという背景を知る者は少ない。絡まれた法明も『一理ある』と快諾し、護符に<護符通信>の受信、感知機能を持たせたのだ。
言葉にすると簡単だが、それは今までに試みた誰もが成し遂げられなかった偉業であり、他の者から絶賛されるも法明がなんてことないように『そうだったのか』と答えたのは今でも語り草となっている。
そんな便利な護符を、霞達忍部隊は主兵装に取り入れている。これにより、任務の安定性はそれまで以上に向上したのだから、きっかけを作った霞の成果とも言えた。
(今から突っ込むわよ~。あんた達は霧を広げつつ、邪魔が入らないように敵の排除。いいわね~?)
(((承知!!)))
部下に<護符通信>で指示を出しつつ、屋敷の障子戸から身を踊らせ、霞は正門に向かい音も無く駆け出すのだった。




