【第五部】第六十八章 富央城攻略戦④
――富央城近隣の森――
富央城の近隣の森で、小鬼が一体、木にもたれかかり眠っていた。
牛頭率いる群れの一体である。富央城に攻め込む前は二千体程の群れだったが、攻城戦の際に人界軍の激しい抵抗にあい、その数を千二百体程にまで減らしていた。
その千二百体は基本的に富央城内に住んでいるが、見回りは別である。
本来であれば寝ずの番をしていなければならないこの小鬼だが、気を抜いて寝てしまっている。
先月に城を奪って以来、しばらくは人間達が奪い返しに来ることを警戒していたがその動きは全くなく、妖獣達は今や、油断し弛緩しきっていた。
今は朝方であり、基本的に夜行性である鬼達は本来寝ている時間帯である。
この鬼は番の時間が来るまで、城内の三の丸にある屋敷で仲間達とドンチャン騒ぎをしていた。人間達が残していた酒がまだ残っており、牛頭に隠れて毎夜酒を楽しんでいたのだ。
酒が入りふらふらの足で見回りにつくも、誰が自分を見張っている訳でもない。人間達もこの城の奪還など、とっくに諦めているだろう。
小鬼はここ最近そうしてきたように、ただ寝入っているだけのつもりだった。
だが、今朝ばかりはそれは許されない。
◆
――ブオオォォォォォォッ……!!
それは、角笛の音だった。敵の来襲を告げる妖獣達の警笛だった。
小鬼は、山の麓の方から何度も轟き聞こえてくる大音に跳ね起きた。
酒はまだ抜け切っていない。だが、動かなければ。よろつく足で木を支えになんとか立ち上がり、城内に事態を伝えるため、自分の角笛を探す。
寝る時に邪魔だからと、近くに放り投げていたはずだ。周りの地面を見回し、やっとのことで見つけた。
だが、角笛は目の前から急に消え去った。
小鬼は訳が分からず、思わず顔を上げた。
――そのつもりだったが、急に視界が反転する。そして一瞬遅れて訪れる激痛。
「――――ッァ!?」
視界に広がる赤。そして、鼻腔を刺激する鉄の匂い。
小鬼がそれを自分の血だと認識すると同時、上から声がかけられる。
「随分いいご身分じゃないか? 小鬼風情が」
小鬼が横目で見上げようとした瞬間、またも視界が反転――いや、回転する。血も混じる視界の中、間も無く小鬼は意識を失い――そして、絶命した。
◆
「彩乃様。そんな小者にかかずらう暇なんてありませんよ?」
「すまない。つい、のんきに寝ていたこのバカをなぶりたくなってな……」
小鬼の首を刀で斬り落とし、頭を蹴飛ばしたのは彩乃だった。右手に血に濡れた打刀を持っており、今も刃先から赤い滴がポタポタとたれて地面を濡らしている。
「時間がありません。行きますよ?」
「ああ。――と言っても、城門を内側から開いてもらわねばな。――暗部は予定通りに?」
「はい。先程、塀を越えて城内に侵入するのを確認しました」
「そうか。なら、すぐだな。皆を呼び集めろ。正門前に集まるよう伝えるんだ」
「はっ!」
彩乃の指示を受け、隊員が<護符通信>で皆に指示を飛ばす。その様子を横目で見ながら、彩乃は小さく独り言ちる。
「父様。母様。五助……。私、帰ってきたよ? もうすぐだからね?」
その顔には、確かな戦意と――そして、哀しみが宿っていた。




