【第五部】第五十六章 進軍開始
【鬼月まであと20日・富央城奪還作戦前夜】
――留城・三の丸・屋敷――
「主様……気を付けて欲しいでありんすよ」
「わかってるって。椿も自信があるようだったし、青姫や琥珀だっている。何とかなるだろ」
稲姫は蛟達に同行するということで、神楽とは久しぶりに離れ離れだ。そのため、稲姫は常にない程神楽にべったりだった。今も、神楽のそでをくいくい引っ張り、頭をなでてもらっていた。
「これ、稲姫。それでは我が君の気が休まらぬ。大きな戦前なのじゃからな。少しは離れよ」
「うぅ~~……。わかったでありんす……」
青姫から注意され、いつもなら口喧嘩をするところ、青姫の言い分を認めてか大人しく神楽から離れた。神楽と青姫は顔を見合わせ苦笑いする。
「大丈夫だよ。またすぐに会えるって」
「我が君の言う通りじゃ。わらわと琥珀もおる。安心せよ」
「うぅ~……。絶対無事に戻ってきて欲しいでありんすよ……?」
どことなくいじけつつも、なんとか気を取り直したようだ。しおれていた狐耳が少しだけ回復していた。
その後、布団に入り、就寝する。稲姫がイソイソと神楽の隣を陣取るのを、いつもなら張り合うところ、青姫は苦笑いで譲っていた。
そんなこんなで、夜は更けていき、出立の明け方となった。
◆
【明け方】
――留城・門前――
一体これ程の数の兵がどこにいたのかと神楽が思うくらいの人数が、留城の門前に集まっていた。神楽は椿の姿を見つけ、近付いていく。
椿は諸将に指示を出しているところだった。ちょうど手が空いたようで、神楽は声をかける。
「どうだ? 昨夜はよく眠れたか?」
「ああ、問題ない。長い戦いを続けているからな。どんな時にでも休息はしっかり取れるようになってしまった」
「いいことじゃないか」
神楽と椿が顔を見合わせ笑い合う。
「“あの二人”に牛頭を任せなくてよかったのか?」
「彩乃と唯か……。二人も強いが、牛頭も中々に手強いからな。憎しみで変に気負ってしまいかねんし、私が相手をした方がいいだろう」
椿も色々と考えて決めていたようだ。
「そうか」
「お前と二人なら勝てる。――頼むぞ?」
「ああ。だが、どんな奴なんだ?」
「牛の頭をした鬼で、巨大なこん棒を武器にしている。力自慢のやつだが、動きはそれ程速くない。あと、とにかく頑丈だな」
「なるほど。典型的なパワータイプか」
特殊能力持ちだとやっかいだが、結構単純な戦い方をする奴らしい。
「それにしても、凄い数だな。何人いるんだ?」
「およそ四千だな。そのうち、実際に富央城に攻め込むのは二千五百だ。残りは別の妖獣部隊の警戒、防衛に当たらせる。富央城への襲撃に感づいて、他の奴らが襲ってこないとも限らんからな」
「なるほど……東西と南を敵に囲まれてるようなもんだしな」
「ああ。だからこそ、富央城をさっさと取り戻し、各地への足掛かりにする。この作戦の成否に我々の命運がかかっているのだ。気を抜くな?」
「ああ。絶対取り戻そう」
椿と神楽が不敵に笑い合う。
そうして、その後間も無くして、準備を済ませた二千五百の部隊が富央城へと進軍を開始した。




