【第五部】第四十八章 作戦会議①
――留城・本丸・作戦会議室――
「神楽達もいるから簡単におさらいからだ」
椿はそう言いつつ、他の者から大きな地図を受け取り、卓上に広げた。そこには、以前、大広間で神楽がイワナガヒメに借りて見た巻物の地図と同じものが書かれていた。
和国北州の勢力図だ。人界と獣界が色分けされており、その大部分が妖獣軍に制圧されている様が見て取れる。
「見ての通り、戦況は思わしくない」
椿が告げると、現実の厳しさを再認識させられたからか、場に再び静寂が満ちる。
「厳しい戦況とは聞いていたけど、これは、まぁ……」
「た、戦いがいがあるじゃねぇか」
「……コレは?」
エーリッヒが苦笑い。普段豪胆なラルフは顔をひきつらせる。レインは地図の二ヶ所を指差し、椿に尋ねていた。
「ちょうど今から説明しようと思っていたところだ。――それらは、“鬼門”と“裏鬼門”だ。簡単に言うと、一年のうち一月の間、そこから鬼共がわいてくる」
椿の発言で、場が再び水をうったように静まりかえった。
◆
まず口を開いたのは、神楽だ。
「えっと……何? 鬼がわいて出るって」
神楽達にとっては初耳だ。そんな話、聞いたこともない。
「そのままの意味だ。一年に一月の間、鬼が通る門が開く。そこから、ワラワラと鬼共が大群で押し寄せてくるのだ。その一月間を“鬼月”、鬼が通ってくる二つの門について、北東側を“鬼門”、南西側を“裏鬼門”と呼んでいる」
「元々、そのような門は北州には無かったのだが、奴らがどうやってか設置したのだ。二年前に鬼門が、昨年に裏鬼門が設置された。出てくる鬼の規模は、裏鬼門に比べ鬼門の方が大きい」
「そして、鬼月の一月間は鬼達の能力が上がります。また、夜になると、鬼の行動が活発化し、鬼達は他の妖獣達を引き連れて夜襲をかけてくるんです。僕達はそれを、“百鬼夜行”と呼んでいます」
椿が。法明が。衛が。丁寧に教えてくれる。だが、神楽はいきなりの大量な情報を処理しきれていない。
「ちょ! ちょ! ちょ! …………ヤバくね?」
手で待ったをかけながら、神楽がそれだけを言う。
「ああ。今まで、毎年襲い来る“鬼月の百鬼夜行”の度に領地を奪われてきた」
「そして、残されたのが、ここ留城と、姫様の<守護結界>の庇護する範囲だけになったという訳だ。そして……来月が次の鬼月だ。もう猶予は無い」
「ですが! 今まではその物量におされてきましたが、今回は神楽さん達もいます! むしろ、こちらから領地を奪い返してやりましょうよ!!」
椿と法明が深刻そうに、衛が気丈に明るく振る舞いながら言う。
神楽は思わず、仲間達皆の顔を不安げに見回す。――すると、背中をバン!と叩かれた。
「――いってぇ!」
「ご主人! まだ戦ってもないのに気圧されてどうするにゃ!! この人達を助けるって決めたのは、勢いだったのかにゃ!? “あの時”のご主人は、蛟に『負ける』って言われても、弱気なんて見せずに戦ったにゃ!!」
琥珀だった。怒られてしまった。情けないことだが、琥珀の言う通りだろう。
――“あの時”とは、四年前のマスカレイドとの戦のことだろう。失うおそれを知った今とは違うが、確かに戦で弱気は禁物だ。
神楽は自分の頬を両手でパン!とはさむように一叩きすると、皆に向き直った。
「悪かった。動揺したが、琥珀の言う通りだ。――『全力を出す』と決めた。なら、相手がどんなだろうと関係ないな」
神楽の不敵で決意に満ちた表情を見て、琥珀は「それでいいにゃ」と笑いながら、元の位置に戻って行った。
椿達や他の諸将の表情からも、どこか深刻さは薄れていた。
「こちらこそすまなかった。実際に戦ってきた私達が弱気なところを見せたのが不安にさせてしまったな」
「ああ。――衛も明るく振る舞っているというのにな。情けない話だ」
「いえいえ! ですが、明るくとまでは言いませんが、強気に行きましょう! でないと、勝てる戦いも勝てませんよ!!」
椿と法明が謝り、衛がまたも前向きに皆に言う。他の皆の顔からも、おそれは薄れ、戦意がみなぎっているのがわかった。
(まったく……姫様といい、衛といい、年下に学ばされるな……)
神楽は自分の不甲斐なさを苦笑いしつつも、皆と一緒に前を向く。
椿が自信に満ちた不敵な顔で、皆に告げる。
「では、作戦会議の主題に移ろうか。主題は言わずもがな、“妖獣支配領域への侵攻作戦”についてだ!!」




