【第五部】第四十一章 姉妹二人
――留城・本丸・コノハナサクヤヒメの部屋――
「なんなのよ! なんなのよアイツは!?」
「サクヤ様は悪ぅございません。あ奴の態度が失礼極まりないのです」
コノハナサクヤヒメは憤っていた。それもそのはず。手玉に取ろうとした相手に逆にいいようにされたのだ。それが屈辱でなくなんだろうか。
――もちろん、神楽にコノハナサクヤヒメを挑発する意図は皆無なのだが、彼女がそう受け止めたのなら、それはそういうことなのだ。
彩乃は若干疲れたようにコノハナサクヤヒメを慰める。『悪いのは神楽だ』と。だが、それも彼女は気に入らない。
「あんただって黙ってたじゃない!! 従者なら、文句の一つもアイツに言うべきじゃないの!?」
「それは……サクヤ様が、あ奴を決して怒らせるなと……」
そう。彩乃はコノハナサクヤヒメの命令を遵守し、言いたいことも言わずに我慢し耐えたのだ。だが、コノハナサクヤヒメとしては、やはり感情が抑えられない。
「アイツは必ずわたしがモノにする……これは絶対よ? ――こんな屈辱に耐えながら生きるのなんて、真っ平ごめんだわ」
彩乃は口をつぐむ。それが正しいようにも、間違っているようにも思えたからだ。
――“和国にとって”。
◆
イワナガヒメとコノハナサクヤヒメは姉妹として同じ親から生を受けた。
だが、その特徴は姉妹でありながら似ても似つなかった。
容姿に優れたコノハナサクヤヒメ。戦前は『蝶よ花よ』と皆に可愛がられた。
そして、醜女だと陰口を叩かれながらも、気立てのよさから人望のあるイワナガヒメ。――そして、イワナガヒメには、他の者にはない、ある有用な能力があった。
二人は、姉妹でありながら対極に生きていた。
イワナガヒメは自分の容姿に自信がなく、コノハナサクヤヒメをうらやましがっていた。
コノハナサクヤヒメは、“ある時”を境にして姉の能力と人望をうらやむようになった。
その“ある時”とは、言わずもがな、妖獣との戦争勃発である。
◆
戦争になれば、見た目の良さは何の意味も持たない。誰も救えない。せいぜいがプロパガンダとして兵達の士気を盛り上げるだけだ。それも、戦況が悪化すればする程、効果は薄くなる。
――実際、そうだった。存亡の危機に追い詰められた今や、コノハナサクヤヒメを頼りにする者は誰もいない。少なくとも、コノハナサクヤヒメ自身はそう思っていた。
だが、姉――イワナガヒメは違う。誰にもない、特殊な能力を備えていた。
――<守護結界>
内部の魔素を乱し、妖獣の不得手な領域結界を張ることができる。他の誰にもない力だ。
魔素は妖獣に利しても、和国の人間に利することはほとんどなかった。強いて言うなら陰陽師の用いる<式神>や護符が、魔素を介して力を発現することだが、あらかじめ式札や護符に魔素も含めて込めておくことで、それ程大きな問題にはならなかった。
椿達侍においては、そのほとんどが“気”を用いて戦う。刀に属性付与のため魔素を用いることもあるが、これもあらかじめ魔素を込めた護符で代用できていた。
つまり、大気中に存在する魔素は、妖獣達に味方はすれど、和国の人間達にとっては邪魔でしかなかったのだ。
よって、イワナガヒメの力は非常に重宝されている。
◆
「わたしには見た目しかないの。これで役に立たなかったら、わたしはただのお荷物だわ。――いい? わたしは、なんとしてでもアイツを傀儡にする。そうでもして役に立たなきゃ、わたしの存在意義がない」
「そんなことは、決して……」
「下手な慰めは要らないわ。――いい? あんたも協力して。姉様でなくわたしにアイツが振り向くよう、フォローするのよ?」
「かしこまりました……」
彩乃はコノハナサクヤヒメのお付きだ。主の良いところも悪いところも理解している。今は焦りからか、悪いところが前に出過ぎているが、本当は心優しい少女であることをよく知っている。
彩乃はただ、コノハナサクヤヒメの命令を受け入れる。この時の彩乃には、そう答える術しか持ちえなかった。




