【第五部】第三十一章 “陰陽師”法明
――留城から南東部・人界と獣界の界境――
(――そんな訳だ。戻ってこられるか?)
(ああ。問題ない。――ついに、この時が来たか。姫様も覚悟をお決めになられたのだな……)
留城から南東部。人界と獣界の界境で警戒に当たっていた陰陽師の法明は、椿からの<護符通信>で姫様からの帰還命令を知らされていた。『戦略会議をするから戻るように』との仰せだ。
――“陰陽師”
陰陽五行思想をもとに和国で発展した陰陽道をおさめる者達のことで、護符に力を込めて様々な事象を具現化することができる。
椿達侍が袴姿で刀により直接戦うのに対し、陰陽師は護符を用いて戦う。
特に、<式神>という神の力を封じた護符――式札という――から出して使役する神は強力で、椿達侍と並び、妖獣との戦いに重要な戦力となっていた。
◆
(何を弱気な。――私達は勝つ。そのために戦うんだ)
(ふっ。そうだな。……しかし、どうした? いつもより“明るい”ではないか。何かいいことでもあったか?)
法明は、椿の声の調子に違和感を感じる。――いや、元々椿は明るかったのだが、一月程前に北州中央の要――富央城城が妖獣達の大群に襲われ落城して以来、いつも切羽詰まった表情をしており、その明るさは鳴りを潜めていた。
(“いいこと”……か。――そうだ、法明。お前に一つ忠告がある。帰ってきたら驚くとは思うが、決して手を出すな? いいか? 絶対にだぞ?)
(? わかるように言え)
(皆が帰ってきたら、全員を集めて説明する。姫様もそのつもりだ。――お前は潔癖症なところがあるからな。先に言い含めただけだ)
椿の明るさから悪い話ではなさそうだが……自分が襲いかかりたくなるような相手をにおわされると、よくわからない。
(妖獣を調伏して使役可能にでもしたか? だが、そんな法を椿が見い出せるとも……)
訳がわからないながらも、椿に教える気はなさそうなので、その後、二、三のやり取りをし、通信を切った。
「明るい知らせ……か」
絶望的なこの状況で使える手があるなら、法明にも否やはない。
「蛇が出るか、鬼が出るか……」
鬼共と戦っている自分達には不吉な言葉ではあるが、法明は、この知らせにきな臭さを感じていた。
(まぁ、戻ればわかる)
法明は他の陰陽師達を呼び集め、留城へと帰還するのだった。




