【第五部】第三十章 三つ目の条件②
――留城・三の丸・屋敷――
生きているかもしれない人々のために、“本州連絡大橋”を使用不能にすることに反対する彩乃。神楽は、内心ため息をつきつつも、残酷な考えを告げる。
「もう時間が経ちすぎてる。向こうの状況はわからないが、希望的観測でリスクを負う余裕はないはずだ」
「お前に何がわかる!? ここに流れ着いただけのお前に!!」
「彩乃、およしなさい。神楽さんが正しいです。――今のわたし達に、他の人々を気遣う余裕などありません。どうしてもと言うのであれば、姉様の言う通り、大きな船を造って本州に渡り、様子を見てくればいいでしょう」
コノハナサクヤヒメが厳しい顔で彩乃をいさめる。明るいお姫様だとばかり思っていたが、本質はこちらかもしれないな。神楽は、コノハナサクヤヒメに対する評価を改めた。
「そうですね。まずは、今を切り抜けるのが最優先です。――それに、もっと前に橋を落とせていれば、わたくし達はここまで追い込まれてはいなかったでしょう……」
イワナガヒメが辛そうに言う。取り返しのつかない過ちを犯したとでもいうように。神楽はそこには触れず、結論をまとめに入る。
「なら、橋を使えなくするのは決定だ。――であれば、妖獣も北州にはこられないだろう」
「奴らも船を造ってきたら?」
「蛟……造船技術は妖獣にもあるのか?」
「断言はできんが、儂らはそうい細かいことは不得手だからな。人間の方が向いておる。それよりも、儂のような大型の者に乗って海を渡る方がまだ考えられる。――後は、巨大な飛行妖獣共が空を飛んでくるかだな」
神楽が話を振ったことで、皆の注目が蛟に集まる。水色髪の壮年男性が見た目に違わぬ、重々しい声を発しているが、やはり珍しいよな。
「蛟はうちの一族の里では“水神”として――里の守り神として崇められてるんだ。まぁ、婆ちゃんの知恵袋みたいなもんだ」
「神楽よ。汝のセンスはたまにわからぬが……儂も橋を使えなくすることには賛成だ」
蛟を見ながら、少し困惑気味の姫様達。誰も切り出さないので、イワナガヒメが皆を横目で見ながらも声を上げる。
「あなた様は妖獣の、とても高い位にいる方とお見受けしました。――どうして、こちらにお味方くださるのですか?」
「神楽が汝らを助けると決めたからだ。儂らは、“神楽と共にある”」
蛟の答えは至ってシンプルだった。――昔から、少しもブレない仲間が、やはり誇らしく大事だ。
だからこそ、神楽は、蛟達を戦争に巻き込むなら中途半端には参戦できない。こうして姫様達に厳しい条件を突きつけている。
「そうですか……とても慕われているのですね?」
「なんだかこそばゆいが……まぁ、そうだな。こういう仲間達だからこそ、俺は自分の決断に責任を持たなくちゃならない。仲間達を危険にさらす以上、中途半端はできないんだ。――仲間達の命と、戦う目的だけは譲れない」
「お前にとって、妖獣の捕虜の扱いは、戦う目的に重要に関わるという訳だな……姫様。私は、それでも構わぬと思います」
「椿様!?」
「落ち着け、彩乃。――神楽は強い。それに、これだけ強力な神獣達が味方になれば……もしかしたら、本当にどうにかなるかもしれんぞ? その千載一遇の好機を、捕虜の扱いのイザコザで逃すのは馬鹿げている」
「し、しかし、死んでいった者達に――」
なおも言い募ろうとする彩乃をおさえるように、イワナガヒメが決断を告げる。
「椿の言う通りでしょう。捕虜は神楽様達に預けます。ですが、投降しなかったり、こちらをあざむいた妖獣達は――」
「ああ。そういう奴らは、好きに処分してくれ」
「いいのか?」
「流石にそこまでは面倒見切れない。それで椿や姫様達が危険にさらされても馬鹿らしい。――だからと言って、投降を認めない状況に追い込むのは無しだ」
「ああ。皆に伝えよう」
椿が言っても、憎さのあまり妖獣共を殺しつくそうとする者達は出ることだろう。――彩乃なんか、まさにそんなタイプだ。今も不満げにこちらを睨んでいる。
「もし虐殺の現場を見たら、止めさせてもらう。――それに、その時点で手を引かせてもらう」
「わかりました。皆に徹底させましょう」
このくらい強気に保険はかけておくが、それでもしないよりはマシだろう。ようやく話がまとまったな。
「なら、俺と仲間達は参戦する。――姫様や椿達を守るために、全力を尽くすことを誓おう」




