【第五部】第十八章 和国北州
――留城・本丸・大広間――
「神楽様達には、この和国北州の状況について、まず知って頂きたいのです。地図を――」
イワナガヒメが言うと、側仕えをしているのだろう。帰って来た時に出迎えに現れた狩衣を着た少女――唯が巻物を持ってきて神楽に手渡す。
神楽はそれを無造作に開く。
――そして、絶句する。
◆
「これは…………」
やっとそれだけ言葉が出た。隣のクリスも地図を横から覗き込んできて、同じ様に絶句した。
――和国北州。そのほとんどが“獣界”だった。そして、今いる留城は、人が生きる最後の城だった。
「ひどい状況でしょう? 四年前の開戦当時、わたくし達は比較的妖獣の少なかった、ここ北州に逃げ込みました。その当時、この北州すべてが、一旦は人界になったのです。――ですが、その後、妖獣達に各地を制圧され、今や人界はこの城と、北部結界石の庇護する範囲のみとなってしまいました」
イワナガヒメが眉尻を下げて困ったように言う。
――神楽達がマスカレイドに敗れたことで、奴らを好き勝手させてしまった。
妖獣を捕らえてまわっていた奴らは、その後も妖獣達を襲いまわったのだろう。それを人間からの敵対行動と捉えた妖獣達が激怒し、“和国人妖戦争”が勃発した。
リムタリスの図書館の蔵書では、“生き残りは中つ国に逃げ延びた”とあったが、まだ和国に留まっている人々がいたのだ。
――その人々こそが、今目の前にいる彼女達だ。
◆
「…………妖獣側の構成は?」
「さまざまな種族の混成部隊ですが、その核となる種族は……“鬼”です」
「よりによってか……」
――“鬼”
神楽の知る限り、和国における一番やっかいで強大な種族だ。“御使いの一族”でも、鬼と縁を結んだ者は聞いたことがない。
あのS―01は、鬼――それも特級の酒呑童子と“封魔の一族”とやらのハーフだったか。……ほんと、色んな意味で“御使いの一族”とは相性が悪い。
そこまで考え、神楽は最悪の想像をしてしまい戦慄する。
「……まさか、”大嶽丸”や“酒呑童子”はいないよな?」
神楽がボソッとこぼすと、周りが一瞬にして緊張に包まれる。
――“大嶽丸”
――“酒呑童子”
和国で“三大妖怪”と言われるうちの二体だ。二体とも強大な鬼で、どちらも常軌を逸した力を有すると伝わっている。
この二体のどちらかでもいるなら、もう絶望的だ。さっさと逃げた方がいいだろう。
そして、イワナガヒメの答えは――
「“今のところは”現れていません。――ですが、今後現れないとも言い切れません……」
なんとも微妙な、それでいて正直で“困る”回答だった。
神楽は思わず自分の額を手で押さえる。――でないと、すぐにもうなだれてしまいそうだった。
◆
沈黙が支配する中、神楽が何とか口を動かしイワナガヒメに問う。
「どうして……逃げないんですか?」
その瞬間、再び場が殺気立つ。先程までとはその質が違う。事と次第によっては、本気で神楽を害するつもりだろう。
だが、神楽も本気だ。その答え次第では、神楽もここを離脱することを優先する。イワナガヒメを真剣に見つめ、答えを待った。
イワナガヒメは、困ったように笑って言う。
「この地で生きるために戦い、無念にも死んでいった者達に恥じないためです」
そこには、確かな決意と悲哀が込められていた。神楽はそれで納得した。だが――
「真っ先に逃げて中つ国でのうのうと暮らしていた者が偉そうに言うな!! 姫様達の御前でなければ、とっくに斬り捨てているところだぞ!!」
左の列後方から男の怒号が飛ぶ。今の今まで我慢していたのだろう。
神楽は一度目を閉じて、数瞬後に再び開ける。
「俺については、逃げたと言うよりは、戦争の主犯に捕まって人体実験されてたんですけどね。ですが、うちの一族の判断は、中つ国へ渡ることでした。一族が奴らに滅ぼされかけ、態勢の立て直しは必須でしたからね」
神楽が言うと、目の前の椿が勢いよく振り返る。
「主犯だと!? 貴様は何を知っている!?」
そして、勢いよく神楽の肩を揺さぶる。
「そうだな。まずは、お互いの情報共有だ。その上で話さないと、お互いに歩み寄ることもできないだろう。説明するよ。俺の知っている経緯を――」
そうして神楽は、“御使いの一族”、そしてマスカレイドと一族の戦争の経緯を皆に話して聞かせるのだった。




