【第五部】第十四章 土下座
――和国・北州・北部海岸部――
「お名前をお聞かせ願えますか?」
「ありがとう! やっとまともに話せる人に会えた!!」
神楽は嬉し涙を流しそうになる。イラ立った椿がジト目でうながしてくる。
「姫様が聞いてるんだ。さっさと答えろ!」
「はいはい。――俺は神楽。『神が楽しむ』って書いて、神楽だよ」
「神楽?」
名前を名乗っただけなのに、キョトンとする周りの皆。
「ん?」
「どことなく顔立ちがわたくし達と似ていますが……もしかして――」
「その前に、ここってどこ?」
「姫様に敬語を使わんか!! ――貴様は場所すら知らんのか? ここは、和国の北州だ」
椿がなんだかんだ教えてくれる。
(そうか~。みんな侍みたいだし、そうじゃないかと……。いや、ちょっと待て……?)
「ん? それはおかしくないか? 和国は今、獣界じゃ――」
神楽がそう言った瞬間。椿から凄まじい殺気が放たれる。神楽は慌てて自己弁護に入った。
「わ、悪かった! 知らないんだよ、本当に!! 俺は記憶を失ったまま中つ国にいたから、この国のことは書籍の記録や伝聞でしか知らないんだ!!」
(だってリムタリスの図書館の蔵書にはそう記載されてたし! 怒るなら書いた奴に頼む! ほんと!!)
神楽があわあわしてる姿を見て、椿もため息をついて殺気を消した。
「――もういい……。まだ私達は負けてない。それだけは忘れるな」
「あ、ああ……。じゃあ、俺らはこれで」
神楽は踵を返しこの場を離れようとする。クリスと目合わせし、別の場所に向かおうとしたが――
◆
「お、お待ちください!!」
「な、なんでぇ!?」
「姫様っ!! ――貴様っ!!」
姫様が神楽の服の裾をつかんで離さない。椿はそれを見てなぜだか神楽にキレている。――理不尽だっ!!
「どうかあなた様のお力をお貸しください!! 椿と対等に渡り合える程の腕の和国民など、他にいないのです!!」
「え!? 俺達はただ、海で遭難して流れ着いただけ!! ほんとに!!」
神楽は自身の危機察知能力がフル稼働しているのに抗わず、なんとかその場を離れようとするが――
「どうか――」
「お助け下さい」
「何卒――」
「お前達……」
いつの間にか、椿以外の五人が――土下座して神楽に頼み込んでいた。神楽の服の裾をつかむ姫様の手は震えていた。顔は伏せていて見えない。砂浜には、水の雫がポタポタと落ちていた。
「カグラ……」
どうするの? というようにクリスが神楽に声を掛ける。
「わからないよ、俺にも……」
困り果てた神楽は姫様の手を振り払えず、ただ空を見上げるのだった。




