【第五部】第九章 成果報告
――帝都城内・謁見の間――
謁見の間に現れた皇帝ウルトロス五世は、靴音を鳴らしながら玉座に向かうとドカッと玉座に座る。宰相がその脇に位置し、目の前でかしずく皆に告げた。
「面をあげよ」
その言葉で皆が一斉に顔を上げる。統制の取れた動きだった。皇帝の前ではどちらが上かをわからせるため、これが徹底されている。『文句があるなら、帝位を乗っ取ってみよ』と言わんばかりに。
やがて、皇帝が口を開く。
◆
「忙しいところご苦労。――さて、無駄は好かん。早速だが、此度の召集の本題に入るとしよう」
バージニアの左隣で緊張が高まる。「あわわ……」と情けない声が漏れ聞こえる程だ。
「クエイター博士。説明しろ」
皇帝の厳しい視線が博士に集中する。
“博士”。皆がその様に呼ぶが、もちろん姓名はある。
――インサニス・クエイター。
帝国随一の“帝都アカデミー”に飛び級入学。そして、主席で卒業した秀才。
皇帝にスカウトされ、その専攻から“バイオ研究部門”を任されると、その持ち前の頭脳を活かし、今や近衛騎士団らとこうして肩を並べる組織にまで急速に成長させた。
その研究内容のおぞましさから、嫌悪感を込めて“マッドサイエンティスト”と呼ぶ者達もいる。だが、博士は全く気にもかけず、新たな知見、研究素材を求めて、何年も前に西へと旅立った。そして、その成果報告の場が“今”である。
だが、バージニアの隣にかしずく博士はガタガタと震えている。
◆
「さっさとしろ」
「は、はいぃ……っ!!」
博士はあたふたしつつも報告を始めた。
博士が報告を終えた後、場を沈黙が満たした。――これはマズイ。皇帝の“逆鱗に触れた”だろう。
せっかく捕らえた大物である“和国の龍”や“中つ国の青龍”とやらを取り逃がしたと言うのだから。
この場が血生臭くなりそうだ。バージニアはこっそりため息をついた。
だが――
「ふむ、ご苦労。――で、成果は持ち帰ったのだろうな?」
「――――は?」
皇帝からのお咎めを恐れていた博士から、間の抜けた声が漏れ聞こえる。
「西――中つ国が、想定以上に武力を有し、妖獣やそれと結託した人間達が侮れないということはわかった。だが、大物を取り逃したとは言え、一時は手中に収めた訳だ。なら、研究データはあるのだろう?」
「も、もちろんでございます!!」
皇帝のフォローを受け、博士が嬉々として研究成果を語り出す。先程までのおっかなびっくりぶりが嘘のような変わりようだった。
「――ふむ。大儀である」
「ははっ!!」
皇帝は満足そうに頷き、博士は研究について熱く語れた幸運からか、頬を赤らめながら元気に返事をする。
だが――
「追撃は?」
「わ、私共の出立時に観測された気配はありませんでした。念のため、航路に“罠”をしかけました。一度限りの物ですが、船で渡って来れば“確実に仕留められる”代物です」
中つ国からの追撃者の話になる。――そう。今回の件は、相手からしたら、帝国の侵略行為だ。そのことがバレたことを想定し、相手国からの報復行動を警戒しなくてはならない。
「…………一度限り、か。ならば、敵に“その先に我々がいる”と教えているようなものだな」
「――――ぁ」
皇帝が苛立ったように眉間を指でつまみほぐす。軍事に疎い博士は、たった今気付いたかのように間抜けな息を漏らした。
「“処刑”だ」
「ひぃっ!?」
皇帝がそれだけ言うと、バイオ研究部門の参列場所にて、博士以外の研究員達からも嘆きの声が漏れ聞こえた。
そんな時――
「ちょっといいかな、皇帝さん?」
まるで緊張感の無い声が場に響き渡る。いつの間にか、S―01がその場に立っていた。
血の嵐が吹き荒れると、その場の誰もが予感した。




