【第五部】第八章 帝国軍団集合
――帝都城内・謁見の間――
謁見の間を進み、バージニア達近衛騎士団は定位置に付き待機する。すると、右隣で先に待機していた魔導兵団からバージニアに声が掛けられた。
「ご機嫌よう。バージニア卿」
「ああ。そちらも変わりはなさそうだな」
――魔導兵団団長テネル・ペニータス。
ローブのフードを目深に被り、いつも目の下に濃い隈をこしらえている。そのため、『ご機嫌よう』と返していいのか困るので、いつも通り無難に返す。
歳はバージニアより二回りは上だろうか。あまり素顔をマジマジと見たことはないのでわからない。
右手には大きな杖を握っている。
――そう。近衛騎士団が剣や槍等の武具戦闘を得意としているのとは対照的に、魔導兵団は魔法戦闘を得意としていた。
◆
近衛騎士団と魔導兵団は帝国建国以来存在し続けているその道のトップエリート達であり、帝国民の憧れの職だと言えた。
騎士団員には騎士爵が、魔導兵団員には魔導士爵が与えられる。
力こそを最重視する帝国において、これらは他の貴族爵位よりも上に位置するが、戦いと研鑽を生業とする彼らには、本人が望む場合を別として領地は与えられない。
領地を治めるのは他の貴族に任せ、彼らには潤沢な資金援助や最新鋭の武具や技術の提供、そして帝国における様々な優先権が与えられている。
例えば、住居や別荘など。都内や観光地の一等地でも、他の国民よりも優先され希望が通る。貴族管轄の領地であればもちろんその貴族の許可は要るが、まず断る貴族はいない。
『この帝国でも最上位の戦力が住んでいるんだぞ』というのは周囲への牽制にもなり、今はほとんどなくなったとは言え、武力抗争の抑止になる。
バージニアが辺境の貴族領地を通った際には、『別荘はどうか』と貴族から勧誘された程だ。
バージニアは力が圧倒的なだけでなく容姿も優れているので、帝国内ではファンクラブもある程だった。それを踏まえ、移住民を増やす狙いもあったのかもしれない。
別荘に興味が無いバージニアにすげなく断られた時の貴族は憐れを催す程にガッカリしてくずおれそうになり、周りの者達が急ぎ駆け寄り脇を支えた程だった。――バージニアは気にせず、さっさと出立してしまったが。
◆
バージニアはテネルと少しばかり会話を交わした後は静かに待機し、時間になるのを待つ。
やがて、魔導兵団の右隣に魔鉱研究部門が並び、そして――
「――はぁ。気が重いです……」
バージニアの左隣に、白衣の中年男性が現れた。いつもの変質者的な振る舞いはなりを潜め、しょぼくれている。
――“博士”と呼ばれるバイオ研究部門の部門長だ。人間性はともかく、その頭脳は確かで、わずかな期間であっと言う間に他の近衛騎士団や魔導兵団、魔鉱研究部門と肩を並べてきた。
だが――
(……失敗か)
バージニアはチラリと横目で博士とその背後に控える白衣の研究員達を眺める。どの顔も博士同様陰鬱としており、まるで、罰を怖がりながら待つ子供達の様だった。
――いや、一人だけ例外がいた。
仮面を被っており表情は分からないが、気配から間違いなく弛緩している。アクビをしているのかもしれない。
S―01だった。その後ろに立つもう一人の仮面の者は、小さく嘆息しているのが分かった。Sナンバーズの誰かだろう。
◆
(――彼女がいない?)
綺麗な金髪と丸い碧眼の可愛かった少女。魔族殲滅を志しながらも自らの力の無さを呪いガムシャラに力を欲していた当時、“自分に力をくれた少女”。
『あなたに力をあげる。――そんなに警戒しないで? あなたが引き出し切れてない力を“持ってくる”だけ』
少女はそう言い、バージニアに触れた。そしていきなり意識を失ったものだから慌てて抱き支えたが、間も無くして目を開けた。
『持ってきたよ? ――スゴい力だね。使い方、わかるでしょ?』
『あ、ああ。――なんだ? なんなんだ、お前は?』
『ふふっ♪ 秘密♪ ――“力はただ力”だよ? それをどう使うかはその人次第。あたしは、あなたがきっと正しいことに使うって……“みんなを守ってくれる”って信じてるから』
少女はそれだけ笑顔で言うと、その場を去って行った。
そして、バージニアは文字通り“覚醒”したかのように強大な力を得て騎士団長にまで上り詰めた。
少女――ソフィアはバージニアにとって恩人だった。それもあり、バイオ研究部門のことは、やっていることに嫌悪感は抱きつつも、その価値を認めてもいた。
◆
「……博士。金髪の少女はどうした?」
「? あの子は“槽の中でいつも通り寝てますよ”。――というか、貴方、あの子と面識があったんです?」
急に話しかけてきたバージニアに博士が首をかしげる。そんなことよりも、聞き捨てならないことがあった。
「槽……だと? どういうことだ?」
「あの子は三年くらい前からずっとこうなんです。この前、急に目覚めたんですけどね。あの後、また寝ちゃいました」
「何故そうなったかを聞いている!!」
いきなり大声を出したバージニアに皆の注目が集まる。バージニアがなおも博士に問い質そうとした所、謁見の間に鐘の音が響いた。
「皇帝陛下! お成~り~!!」
その合図で皆が一斉にその場に跪く。バージニアは舌打ちし、博士への糾弾を中止せざるを得なかった。
そして、奥の扉から皇帝ウルトロス五世が現れるのだった。




