【第五部】第三章 帝国の希望
バージニアは家を出ると、脇にある厩で愛馬の首元をなでる。すると、馬が嬉しそうにいなないた。
「朝早くから済まないが、よろしく頼む」
バージニアにしては穏やかな笑みを浮かべている。何度も共に死線を潜り抜けてきた大事なパートナーだ。家族を全員失い、今やこの愛馬スカーレット――バージニア命名。その名の通り、鮮やかな緋色の体毛を持つ――だけが、家族だと言えた。
厩から出しスカーレットの背にまたがった。お腹を蹴らずとも、バージニアの意を汲んでスカーレットは発進する。
「今日はまだ時間もある。あっちの道でいいぞ?」
スカーレットは種族としてはただの馬だ。神獣という訳でもない。だが、バージニアの言わんとしていることを正しく理解し、喜びいなないてから、あっちの道――自然が多く景色を楽しめるが時間のかかる道――へと向かうのだった。
◆
――帝都城内・騎士団本部――
「団長。おはようございます」
「ああ。相変わらず早いな、副長」
スカーレットを城内の騎士団本部付き厩舎に入れると、バージニアは本部へと足を踏み入れた。
団長室に入ると、いつも通り副長に出迎えられる。
――フォルティス・ロバスタス。
バージニアの前の騎士団長だ。実力主義の帝国において、その序列は純粋な戦闘力で決まる。それには、定期開催される“ランク戦”という名の“決闘”で結果を出す必要があった。
もちろん、頭脳派も活躍できるよう、参謀としてのポジションも別にある。だが、やはり騎士団の華はその戦闘力と言えた。
◆
三年前。まだ若干十三歳の少女が、当時騎士団最強とうたわれていた偉丈夫のフォルティスをくだしたのは帝国全土に衝撃をもたらした。
その頃のバージニアはただただ力を欲し、貪欲なまでに、がむしゃらに上を目指していた。
その必死の形相に年相応な少女の可憐さはなく、実際に決闘の場で相対したフォルティスは、歴戦の強者でありながらバージニアに恐怖と憐憫を感じていた。
ギラつく目で自分の首元に大剣の刃先を当てられ、フォルティスは両手を上げて降参する。観客席からわき起こる歓声は気にもならず、ただ目の前の“危なっかしい、そして張り詰め過ぎて今にも壊れてしまいそうな少女”は自分が支えようと決心したのだった。
そして、騎士団長の就任式でバージニアが魔大剣フラガラッハを抜いて見せたことで、フォルティスはその想いをさらに強めることとなる。
『彼女こそが、魔族を打ち払い帝国に光をもたらす希望だ』
民衆と同じく、フォルティスはバージニアに希望を持った。自分に抜けなかったフラガラッハをも抜いてみせた彼女こそが“選ばれし英雄”。ならば、自分はそれを支えてみせようと。
そして、名実共に力を得たバージニアは、若干だが――いつも一緒にいたら気付ける程度に――焦燥感を薄めさせ、周りに気遣いもできるようになりつつあった。
バージニアを恐れていた他の団員達とも、少しずつだが打ち解けつつある。緩衝材としてバージニアと他の団員達の間に入っているフォルティスは、三年目にしてホッと一息つけるのだった。
◆
団長室内でしばしの時が経ち――
「定刻には少し早いが、出るか」
「ええ。他の者にも伝えてきます」
フォルティスは団長室を出て、他の団員達のいる大部屋へと向かう。
しばらくして、皆の準備が出来たとの知らせを受け、バージニアは団員達の元に向かう。そして、皆を引き連れ騎士団本部を出る。召集場所である謁見の間へと向かうのだった。




