【第五部】第二章 バージニア
「――おねぇちゃんっ!!」
「エヴァッ!!」
夕暮れ時。山道から足を踏み外し、崖下に落ちる妹。
妹が伸ばす手を取ろうにも、無情にも届かない。その時の自分にはどうすることもできず、妹が“奈落”に落ちるのをただ見つめることしかできなかった。
◆
「――――エヴァッ!!」
妹の名前を叫ぶ。だが、今度は“現実で”だ。
意識が急速に明瞭になり、自分がまた同じ“夢”を――過去の悲劇の夢を見ていたのだと悟る。
姉――バージニアは苛立ちまぎれに舌打ちし、気を抜くと項垂れてしまいそうな額を手でおさえながら身体を起こした。
――未だに同じ夢を見る。だが、夢は夢だ。何度見ようと、何一つ状況が変わる訳ではない。精々が自戒として自分を叱咤するくらいの意味しか持たないが、自分にそれは必要ない。
やることはハッキリしている。何が何でも、両親の仇であり、妹が死んだ原因でもある魔族を一匹残らず討ち滅ぼす。
――それが、今の自分を支える生き甲斐だった。
◆
予定よりも早く目覚めてしまったが、それ程予定に狂いはない。
今日は城から召集がかかっている。そのため、こうして帝都に構える家屋で寝起きしているのだ。
必要最低限の家具と、食糧などの備蓄。そして、武器庫や装備棚。年頃の未婚女性の住む家にしては、あまりに色気の無い家だと言えるだろう。
だが、本人には色恋に対する興味も――そして、それにかかずらう余裕もなかった。赤髪セミロングの綺麗な髪も、最低限の手入れしかされていない。
顔を洗い、簡単に食事を取る。ベーコントーストにサラダ、牛乳という、いつものメニューだ。副長からは、もっとしっかり食事を取った方がいいといつも諭されるが、あまりこだわる気はなかった。
食事を取り終え食器を片付ける。その後はいつも通り、鎧を着てマントを羽織り、武器庫からいつもの大剣を取り出した。
――“魔大剣フラガラッハ”
帝国に国宝として伝わる伝説の武具である。その一撃は鎧すらも紙のように斬り裂き、与えた傷はどういう原理か治癒出来ない。
歴代の騎士団長のみが持つことを許されたが、最上位の実力を持つ彼らをして、この大剣に認められる者は全く現れなかった。
そう。この大剣は人を選んだ。その基準はわからない。だが、大剣に認められなければ、鞘から抜くことすらかなわなかったのだ。
そのため、ただの儀仗――儀礼用武器――と皆から思われており、長らく宝物殿に死蔵されていた。
騎士団長の就任式の一環としてバージニアがこの大剣を手に取り、あろうことか鞘から抜いてみせた時の皇帝の歓喜ぶりは今でも語り草となっている。
冷酷で、笑うところなど誰も見たこともないのが皇帝に対する皆の共通認識だったため、皇帝が高らかな笑い声を上げた際には、驚きで腰を抜かす者が出たくらいだ。
――皇帝の機嫌がよかったから見過ごされたものの、普段にやっていれば、“処分”は避けえなかっただろう。
以来、魔大剣フラガラッハはバージニアの所有物となった。
バージニアは魔大剣を斜めに背負い、家を出る。
本人にとってのいつも通りの出で立ちで城へ向かうのだった。




