【第五部】第一章 落城
夜半の月が煌々と輝いている。だが、人々にそれを愛でる余裕は皆無だった。
城から火の手が上がり、今も怒号が飛び交っている。
◆
――和国・北州・富央城――
「ここはもうダメだ!! 姫様達をお連れして逃げろ!!」
「逃げるって――どこに!?」
悲痛な声が上がる。それもそのはず。この城は“和国”に今も生きる人々にとっての要衝であり希望、心の拠り所だった。
ここが失われては、妖獣共に蹂躙されるのは明白。逃げ場など……。だが、男はなおも声を張り上げる。
「諦めてんじゃねぇっ!! 北西にもまだ城はある!! イワナガヒメとコノハナサクヤヒメを城に逃がせ!! 退却までの時は俺が稼ぐ!!」
男が言うと同時、襖が蹴破られる。そこから顔を出すのは、牛の頭をした人型の鬼――“牛頭”だった。
◆
「ガハハッ!! 虫けら共がまだいたか!!」
牛頭が嬉々として笑い声を上げる。その右手には巨大なこん棒が握られており、赤い雫がポタポタと畳にしたたり落ちていた。
「早く行けっ!!」
男が牛頭に向かい刀を抜く。仲間達は男に加勢しようとするも、男から叱咤の声をかけられ足を止める。
「“今為すべきことを成せ”っ!! ――さっさと行かねぇかっ!!」
「ごめん――なざいっ!!」
「済まない……っ!!」
狩衣を着た小柄な少女が、涙ながらに男に謝り背を向けた。袴姿で腰に刀を差す女も、苦虫を噛み潰すように悔しさをこらえながら男に背を向けた。
女達はひた走る。姫様達のところに。遠い背後では、牛頭の雄叫びと、獣共の鬨の声が上がっていた。
「――――ぅ、うぇっ」
「泣くなっ!! まだ、私達は、生きているっ!! ――最後の、一人、まで……あいつらを殺して、絶対に――」
男の死を悟り、二人の女がむせび泣く。
気丈に振る舞おうとして失敗し、にじむ視界をどうにかしながらガムシャラにひた走った。
――新暦1076年。和国では、未だ人々は地獄から抜け出せずにいた。




